その例として顕著なのが、雑誌「創」(創出版)の原稿料不払い問題でも話題となった、97年受賞の柳美里だ。彼女は講演会などの依頼はほとんど受けず、執筆活動を中心に活動してきたのだが、その結果貧困に陥ってしまった。
彼女が自らの日常を描いた『貧乏の神様 芥川賞作家困窮生活記』(双葉社)を読むと、その困窮ぶりは想像を遥かに超えるものである。
〈カード会社からの借金督促が厳しく、パソコンや固定電話や携帯電話が不通になり、車のガソリンも補給できない、という現実……
息子の貯金箱から1000円、1万円と紙幣を抜き盗り、とうとう貯金箱を逆さに振って硬貨まで拝借している、という現実……
記念切手と貴金属を売ったら、いったい何日ぐらい食い繋げるだろう、と考えるしかないような現実……〉
息子の貯金箱に手を出す状況というのもすごいが、ここで売ろうと考えられている「貴金属」は、〈芥川賞を受賞した直後に、一生ものだから、とかなりいいものを購入しました〉という、お金では換算できないような記念品なのだから、より切ない気持ちになってしまう。
また、別の日の日記にはこんな描写もある。
〈現在の全財産は3万円です。とりあえず、東急カードは使えるので、来月の引き落とし日までは、息子と犬猫たちを食べさせられる、とひと息ついています〉
全財産3万円とはとんでもない。しかし、日本で最も知名度のある文学賞を受賞したような作家がそんな生活状況になってしまうものなのだろうか? そんな疑問に対し、彼女は前掲書のなかでこう綴っている。
〈いったい、書くことだけで食えている作家って、何人いるんでしょうか?
シリーズで売れるミステリーとか時代小説はさておき、純文学に限定すると、10人? 20人? どんな生活をするかにもよるけど、どんなに多く見積もっても、30人は超えないんじゃないでしょうか?〉
〈やはり、芥川賞まで受賞した著名な作家が食うや食わずであるわけがない、という先入観を持っている方が多いのです。
小説家が、筆一本で食べていくのは奇跡みたいなものです。
扶養家族がいる場合は、副業に精を出さない限り難しいでしょうね〉
作家としての収入だけで食べていくというのは、我々が想像する以上に厳しい、茨の道であるようだ。
芥川賞を受賞したことで“文化人”化に拍車がかかる又吉。本人は芸人活動も続けていくと宣言しているが、「作家先生」扱いされることで芸人生命の危機もささやかれている。芸人でも食えない、作家でも食えないという事態に陥らないように気をつけてもらいたい。いや、むしろそのほうが又吉憧れの太宰治により近づけるかもしれない!?
(井川健二)
最終更新:2015.09.09 11:59