その前年から放映されていた『探偵物語』で優作は美由紀を気に入り、共演していた。美由紀は仲間と一緒に自宅に来たこともあった。ソファーに美由紀と優作が隣あって座り、小説の話をしていた。しかし実はその小説は美智子が優作に勧めたものだった。2人の小説の解釈がズレていた気がした美智子はそれを口にした。
〈私の言葉を聞いた二人は、顔を見合わせた。
ほらな、つまらないことをいう女だろう?
そのとき、はっきりわかった。優作はついに、私の評価も変えてしまったのだと。〉
略奪された前妻が書いたリアルすぎる描写。しかし実は美由紀を激怒させたといわれるのは、こうした部分ではなかった。それは優作の“出自”に関するものだったのではないかと言われている。
実はこの『越境者』が刊行される17年前、美智子は同じく優作との関係を綴った本を出版している。『永遠の挑発 松田優作との21年』(リム出版)だ。『越境者』はこの前作をベースに大幅に加筆したものだが、その加筆部分こそ優作の出自に関するものだった。
物語は優作と美智子が同棲を始めて半年ほどだった昭和44年に遡る。上京してきた母親は美智子の部屋で男の影を察知したようで、しばらくすると今度は叔父が上京してきた。
〈母が見つけた身分証明書をもとに、優作の身上調査を済ませたという。(略)彼が私生児であること、実家が女郎屋のような商売をしていて、警察沙汰になったこともあるなど、家庭事情が語られ、国籍も日本ではなく韓国だと告げられた。〉
驚いた美智子だったが、しかし思い当たる節があった。優作は美智子に何度も「本当のことを知れば、おまえは俺から、逃げていくだろう」とつぶやくように言っていたからだ。優作は「なにごとであろうと俺を信じ、全てを受け入れるか」といった美智子を試すような言動もしていたという。
今では少なくなったが、当時はまだ見合い結婚が主流で、そのためお互いの身元調査をすることが珍しくなかった。そして在日韓国、朝鮮人に対するいわゆる在日差別も激しかった時代だ。