郷原氏が「厚労省内の審議会という身内同然の組織に機能の代替は不可能だ」と訴えたが、局長は聞く耳を持っていなかった。郷原委員会の廃止は、安倍官邸の意向が強く働いた“結論”だった。全国紙政治部記者がこう解説する。
「郷原委員会の廃止を安倍晋三総理に進言したのは官房副長官の世耕弘成だったと聞いています。世耕は野党時代、郷原委員会をネタ元にして民主党政権をさんざん追い詰めていた。郷原さんの容赦ない追及ぶりを間近で知っていただけに、郷原委員会を放置すれば、いずれ安倍政権にも禍をもたらすと気づいたのでしょう。年金問題は第1次安倍政権崩壊のきっかけとなった、まさに鬼門ですからね」
実際、郷原委員会が廃止直前に動いていたのが東日本大震災の行方不明者に対する死亡一時金の消滅問題だった。これは、厚労省の恣意的な時効設定によって東日本大震災で行方不明者になった人の家族が死亡一時金を受け取れなくなっているという話だった。郷原委員会の追及に厚労省は、死亡一時金受け取りはあくまでも「申請主義」(つまり申請が遅れれば受け取る権利が消滅する)だと主張していた。実際にどれだけ多くの人が受け取れなくなっていたかの調査もしていないというずさんさだった。先の政治部記者が続ける。
「震災の混乱で申請が遅れた人、というか行方不明者ですからまだ生存していると信じたい家族の気持ちを踏みにじる常識はずれな措置でした。当時はアベノミクスによる円安、株高で支持率も高く、安定政権としての基盤を整えようとしていた時期です。そのタイミングで世間の反発を買いやすいこんなスキャンダルが表沙汰になったら大変だと判断したのでしょう。一応、設置期限終了による廃止という形をとっていますが、そんなものは閣議決定で省令を変えればいくらでも延長できた。スキャンダルは封印されたということです」
今回の個人情報流出は個人情報にパスワードをかけていなかったり、開けてはいけないメールを開けたりと、組織内での内規違反の常態化が原因だった。しかも、不正アクセスがわかってから20日以上も発表を遅らせる隠蔽体質も明らかになった。まさに、郷原委員会が取り組んでいた日本年金機構の組織的問題だった。
もし、郷原委員会を廃止していなかったら、年金情報流出というすべての国民が被害者になる可能性のあるこの重大事は起きていなかっただろう。自分たちの権力維持のためには手段を選ばない安倍政権によって、この国の国民の生命と財産はどんどん危機にさらされていく。
(野尻民夫)
最終更新:2015.06.05 07:24