現実にイクメンを実践できるのはフリーランスの専門職か、国の施策をPRするために行っている自治体の首長や官僚などほんの一握りで、それを見習えと言われても到底無理な話。それでも「仮面イクメン」を辞めたくてもどうすればいいのかわからない。著者は、〈実際に社会においては、子育てを楽しめる格好いい男性など、ごくわずかしかいないでしょう。「イクメン」現象は、わが子の子育てに悩む男性たちに新たな「評価基準」を押し付けている〉とフォローする。国や社会が喧伝し、場合によっては妻も便乗する「理想的な父親像」になれないという焦りから苦しみを増大させているわけだ。
他にも、「世間で『イクメン』が脚光を浴びているから負けてはいられない」と焦り、毎日帰宅するまで子どもを寝かせずに待たせ、最低30分は話をしようとしたものの、半年もたたないうちに子どもたちが父親と接することさえ嫌がるようになった事例もあれば、子育てに気を取られるあまり、仕事に頓挫した人もいる。悲惨な例では「有能で立派な父親であることを誇り続けたく」「息子が言うことを聞かないのは父親としての能力が劣ることを周囲に思われそうで、不安」だからと虐待に走った父親もいた。「殴って息子がおとなしく従うと、束の間安心できた」とまで追い詰められた人もいる。
「男は仕事が第一、女は家庭を守れ」という旧来の価値観から、大きく変容した現代においてステロタイプな「男らしさ」から解放された、とよく言われる。だが、今度は解放されたがゆえに生み出された「イクメン」なる新たなスタンダード、本当は幻想なのだが、その呪縛に喘ぐ羽目に晒されている。
さらに歳を重ねると、次は親の介護が現実味を帯びてくる。2012年の調査によれば同居・別居に関わらず介護をしている男性は200万6千人。全体の36%を占める。男性介護者、特に独身者の場合は、〈自身が苦手とする家事や親の世話への戸惑いだけでなく、身近に苦難を理解、共感してくれる人がいないことから孤立しやすく、さらに問題を深刻化させている〉という。介護のために離職し、経済的に苦境に立たされるものもいるが、「男も介護をして当たり前」という風潮が鞭となって介護という「ゴールの見えない戦い」に挑む男達を苦悶させている。
最近は「頑張りすぎないで」とのコピーで介護用品メーカーがCMを流しているが、登場するのはなぜか必ず女性。男はここでも無視されている。強要はされるのに。
自動車部品メーカーに勤務する40代の会社員は母親と二人暮らしだが、ある日、母親が激しい腹痛を起こし、救急車で搬送され、大腸がんと診断される。5年生存率は80%と、低くはないが体力の低下が著しく「要介護2」と認定され、食事や排泄にも介護が必要な状態になった。デイサービスと週2回の訪問介護サービスは利用しているが、介護保険内では限界もあり、仕事を続けながら自らも介護に勤しむ毎日を送る。だが、寝不足で業務に集中できず、ミスを重ねることもあった。それでも会社はその状況を理解してはくれない。
母親が一晩中「痛い、痛い」とわめいたとき、「首でもしめて、殺してやろうか」と思い立つ。それはどうにか思いとどまったが、一人で介護をする辛さは変わらず、かといって「男が介護をするのは当たり前」という世間の目にも息がつまり、恐怖さえ覚えた。