83年には、〈現在の官能雑誌の主流となっている「特選小説」(辰巳出版)が創刊され、多くの官能作家を生み出す媒体になって〉いったこともあり、男根主義を覆す男性作家も登場する。
鬼才・睦月影郎である。彼が描いた『聖泉伝説』(現在は幻冬舎アウトロー文庫に所収)は、〈当時はまだ読者感覚がその醇化されたフェティシズム、女性崇拝、妄想の豊潤さに追いつくのがやっとだった〉と評されるほどだ。たとえばこんな象徴的な一節がある。
《「僕も奈美子姉ちゃんに……」
舌がもつれ羞恥に顔が火照った。胸は高鳴り、蒲団の中でみるみる分身が誇張して脈打つように蠢いた。
「え? なあに」
「……僕も姉ちゃんに食べられたい」(略)
「姉ちゃんの身体の中で遊び廻って、最後は姉ちゃんのウンコになるの……」
羞恥と発熱に、康彦は身体が宙に舞うような快感に浸った。》
思えばこれが、“多様な嗜好の容認”の前夜だったのかもしれない。
85年には〈それまで新書版だった官能小説が文庫化〉し、〈マニアでなくても日常的に読めるようになり、空港ロビーや駅の売店でも売られる時代に〉なったため、それまで〈公衆のなかで読めるようになることなど、想像できないことだった〉現象が現実となる。
各出版社に独自色が出始めたのもこの頃。フランス書院系は〈ハードな性描写の陵辱もの〉が特徴になり、雨宮慶、鬼頭龍一、高竜也、そして結城彩雨のように、〈ひたすら肛交や肛虐に執着しつづける作家も生まれた〉。一方、マドンナメイト文庫は美少女ものに特色があり、〈「ロリータの吉野」といわれた吉野純雄などが活躍〉したそうだ。
そして89年、ふんどし姿の宮沢りえのカレンダーが話題となったと同時期に、丸茂ジュン以来の大型女流作家・藍川京がデビューする。
彼女は〈SM系の作品で話題になったが、そのハードな感触から、男性作家が女性のペンネームで書いているのでは〉と思われていたといい、それは〈女性が苛烈なSMシーンを描くことはできないだろう、という通念がまだ官能小説界には根強く残っていた〉ことを表している。
たとえば『鬼の棲む館』(日本出版社)には、それまでの女性作家像を覆す苛烈さがにじみ出ている。
《右手にアナル棒、左手にクスコを持った片品に、里奈は鼻をすすって顔を戻した。
「ゆっくり大きく息を吐け」
黒いアナル棒を、片品は怯えてひくつく菊花に押し当て、ゆっくりと沈めていった。
「くううう……」
排泄のためだけの器官に異物が押し入ってくる。その不気味な感触に、汗をこぼす里奈の鼓動は乱れに乱れた。
「許して……あぁああ……いや……」》