『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)
「育ててくれてありがとう」
「あなたにとって、演じるとは?」
「誤解を恐れず言えば」
どこかで見聞きした言葉たちが、目次のなかにメニュー表よろしく並ぶ不思議な本に出会った。
本のタイトルは『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)、著者は編集者出身の新星ライター、本サイトの執筆者でもある武田砂鉄氏。メディアや日常生活のなかで反復され、私たちの頭のなかにも知らず知らず侵入する言葉たちを取り上げ、背後に隠れる思考パターンを考察したものだ。「武田節」とでも呼びたくなる独特の文体を前に、紋切型な思考の「筋」が浮かび上がっていく過程を読者は目撃することになる。
法律を自分たちに都合良く解釈して社会を改悪する政治家はもちろんのこと、それに追随するメディアの迎合体質を、本サイトはこれまでこきおろし続けてきた。編集者時代、社会時事やノンフィクション書籍の担当だった武田は、そうした現在のメディアやジャーナリズムに隠れた「紋切型」を実に的確に取り上げている。いくつかの章を抜粋して紹介したい。
まず紹介したいのが「あなたにとって、演じるとは?」。日曜夜に放映されるTBS系のドキュメンタリー番組『情熱大陸』。最近では売れっ子役者やアイドルを取り上げることも多くなったこの番組が、出演者によく投げかける質問だ。本質にズバリ斬り込むかのような問いかけだが、視聴者側にはインタビュアーのドヤ顔が目に浮かび、そこはかとない気恥ずかしさにとらわれる。この感覚ってなんだろう、と以前から思っていた。
武田は「あなたにとって、演じるとは?」といった質問は、その実「『イイ言葉をちょうだい』という露骨な嘆願」なのだと、正面から斬り込んでゆく。そうした嘆願は「一流だと確定しているものをミキサーにぶち込んでガブ飲みさせる手法を生んだ」といい、続けてこう問いかける。
「すごいと確定している人から分かりやすい言葉を引き出すのではなく、すごいかどうかなんて関係ない、でも自分にはこの人が引っかかる、その人からオリジナルな言葉を引っ張り出すのが、ドキュメンタリーの視点であり始点ではないのか」
『情熱大陸」という番組のなかに流れている気恥ずかしさや予定調和感。衣服を一枚ずつめくっていくなかで最後に明らかになるのは「すごいからすごい」という同語反復の論理だ。「すごい」から取り上げるので、結局「すごかった」という結論しか出てこない。それ以上をめくろうとしても、見えるものは空洞のみ。まさに「裸の王様」。