この、後者の解釈によって自衛隊が生まれたわけだが、自衛隊は憲法違反ではないのかという議論はずっとつづいてきた。しかし、そうしたこともすっ飛ばしたのが、自民党が2012年に発表した改正草案だ。
この改正草案のなかで自民党は、第二項の冒頭を「前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない」と変更して第一項を骨抜きにし、さらには「第九条の二」なるものまで新設している。ここでは《内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する》ことや《国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める》こと、国防軍の軍人や公務員が罪を犯した場合の裁判を行うため《国防軍に裁判所を置く》ことなどを明記している。
平和主義と謳われた現行憲法のかけらさえ見当たらない、自民党による改正草案。もちろん、前述した自民党マンガでも、「国を守る「自衛隊」とそれを行使する軍隊を管理する規定はやはり憲法の中で明確にしていた方が望ましいのじゃよ」とさらっと流し、草案にあるような物騒さを打ち消している。池上氏はこの改正草案について、こう解説する。
「国防軍が米軍と一緒になって海外で戦闘に参加することが可能になります。戦前には軍人を裁く軍法会議がありましたが、その現代版も創設されます」
しかし問題は、この空恐ろしい改正草案が一体どれほど国民のあいだで周知されているのか、ということ。池上氏も、このようにツッコミを入れている。
「自民党は、この草案を作ったのですから、第九十六条の改正より、この草案の支持を広げればいいのにと私は思うのですが」
もちろん、自民党がこの草案を前面に押し出さないのは、あまりに物々しい言葉が並びすぎているからだろう。「国民の本当の思いはどこにあるのか。いまこそ国民的議論が必要なのです」と池上氏は述べるが、それ以前に、安倍政権はもっと、どんな憲法に改正する気なのかをオープンにするべきだ。
だが、肝心なことはひた隠しにしてきたのが安倍政権の歩みでもある。たとえば池上氏は、安倍首相による「集団的自衛権の必要性を強調する記者会見」で「日本人母子を保護した米軍の艦隊が攻撃された場合、自衛隊は米軍の艦隊を守るべきだと主張」した発言を、このように解説する。
「ところが、アメリカ国務省領事局のウェブサイトを見ると、「緊急時にアメリカが救出できるのは米国籍の市民を最優先する」と書いてあります。さらに「市民救出のために米軍が出動するというのは、ハリウッドの台本だ」とも。つまり、安倍首相が例に挙げた「米軍が日本人の母子を救出」というのは、二重にありえない設定なのです」