「実は、物理環境はとても大事だと思っているんです。電子データは、検索したり呼び出すまでは見えないところに保存されている便利さがあります。本と比べて場所をとりませんよね。これに対して書棚に本を並べるような物理環境は、かさばる代わりに常にそこにあります。こっちが意識しようが意識してなかろうが、いつもそこにあって知らずしらずのうちに刺激されるのです。電子データは意識して呼び出すものなので、なかなかこういう具合にはいきません。ひょっとしたら私の記憶力の問題かもしれませんが、思い出しづらいのです」
「次はどうするかというと、書店に行きます。まだネットは見ません。この段階でネットを見ちゃうと広がりすぎて収拾がつかなくなることが多いので、ネットを見る前に書店に行きます。書店の棚は相応の時間をかければ全体を眺め渡すこともできます。そこで時間の許す限り、新刊書店も古本屋もできるだけ多く回ります。テーマに直接関係する棚はもちろん見ますが、それに限らず一見無関係に思える棚も歩き回るのですね。というのも、みなさんも経験あるかと思いますけれど、ある「問い」や関心を頭の片隅において書店の棚の間を歩き回ると、本のほうからこっちに飛び込んでくることがあるんです。意識して探さなくても、目と頭が勝手に本を見つけ出してくれる感じです。そうやって、そのつもりがなかったものと遭遇したり発見できてしまう。書店という物理環境のなかを散策すると、眠っていた記憶や未知との遭遇ができる。これが大事だと思います」
「それからネットで検索します。書店で遭遇しづらい論文や原書、古い本や史料などを各種アーカイヴで探すのが中心です。ここまでの散策で入手した手がかりを検索に使ったりして、補完するのに使うわけです。例えば、ある著者に関して、他にどういう本があるだろうといったことです。こうした過程を経て本のリストができあがっていきます。(中略)そのあとは、本を読んだり再確認しながらメモをとっていく。だれかとしゃべる。さらに読むべき本が見えてくる。これを一定回数繰り返していくと、ノートと自分の頭の中に、テーマに関するマップができていくのです。」
なるほど、物理環境とネットの性質のちがいがよくわかる話だ。物理環境というのは限界があって、書棚における本の数だって限られている。でもそうした環境のなかに身を置くと、潜在意識も含めて人間は書棚の全体をパッと把握することができる。そこに、「未知との遭遇」が起きるチャンスも生じる。逆にネットは、情報量は桁違いなのに、かえって「目の前にあらわれているもの」は少なくなってしまう。ネット検索は、ピンポイントで「これ」というものを探すのにはいいが、そうではない場合、うんざりするくらいクリックし続けなければならないことが多いし、「サジェスチョン」という機能もあるけれど、結局それは大勢にとっての既知なのだから、「未知との遭遇」率は低いのだ。
■いかに本を探すか(2)──新刊カレンダー、RSSフィード、ツイッター
一方、吉川は自他ともに認める「デジタルガジェット好き」。『理不尽な進化』を書く際も、「大好きなデジタルガジェットを試せる!」と考えることで、執筆へのモチベーションを高めたという。そんな吉川の本の探し方は、アプリを駆使したものだった。
「新刊カレンダーというものを自分で勝手につくっています。どんなものかというと、ご存じの方もいるかもしれませんが、新刊ドットネットというサイト(http://sinkan.net/)があって、ここでキーワードとか、叢書名といった気になるものを自分で登録すると、iPhoneとかGoogleのカレンダーなどに情報を持って行ってくれる、というサービスですね。これを信号待ちとか、ちょっとした時間を見て、あー、と思って本屋さんに行く、と」