たしかに、当時、自民党・公明党と裁判所の間で政治的な取引が行われたという話は指摘されていた。1999年から2000年にかけ、自民党は森喜朗政権をめぐって大量のスキャンダルを週刊誌、月刊誌に報道され、支持率が急落。公明党も週刊誌による創価学会攻撃に手を焼いていた。そこで、雑誌メディア対策として、両党が持ち出したのが名誉毀損の厳格適用と損害賠償金額高額化だった。
国会で公明党が再三にわたって「損害賠償金額が安すぎる」と質問する一方、自民党はさまざまなルートを使って法務省、最高裁判所に圧力をかけ続けた。
裁判所は当時、司法制度改革をめぐって政界に裁判官の増員などを陳情する立場にあり、それと引き換えに自民党からの圧力を受け入れたのではないかといわれている。
実際、裁判所は自公の動きに呼応するように、東京地裁民事部判事による損害賠償額見直しのための勉強会を発足させ、01年には最高裁民事局が、東京、名古屋、大阪高裁の判事で構成される「損害賠償実務研究会」を設置。これらの機関で名誉毀損の賠償額を500万円程度に引き上げることを組織的に決定してしいる。
しかも、この時、同時に決められた算定システムも非常に不可解なものだった。慰謝料の金額は被害者の職業別に点数化され、金額に差がつけられたのだが、その点数はタレントが10点、国会議員・弁護士などが8点、その他が5点。
従来、名誉毀損は公人には成立しないとされており、その公人には国会議員も含まれるという考え方が有力だった。ところが、この算定システムはそれをくつがえしたばかりか、国会議員に反論の場を持たない一般人よりも高い賠償金を支払うことを求めているのだ。瀬木氏も「政治家に媚を売ったと見られても仕方ありません」と指摘しているが、これは明らかに政治家のスキャンダル報道を抑えるために作られたシステムだった。
しかも、政治家だけを優遇する印象を避けるために、裁判所はタレントにも高い賠償額を支払う仕組みをつくった。そして、反論権を持たない“言論弱者”である一般人の損害賠償を一番低く見積もるという名誉毀損の本来の趣旨と逆行する方針。そこには言論、表現の自由を守るという意識はまったくない。あるのは、自分たちの利権を守ろうという官僚的な発想のみだ。