だがトップモデルとなった冨永は、その後いくつかの恋をして息子を授かる。そして13年、過労のため入院した冨永は、毎晩息子と一緒に病室で寝るなど穏やかな時に人生を振り返り、こう思うのだ。
「わたしをなじったやつらのことや復讐心など、いつのまにか消えてしまっていることに気づいた」
「憎しみに明け暮れていた十代後半。自分自身をのろい、自己を否定し、自身を愛してこなかったこれまでの生き方。そして母への憎悪。それらすべてが浄化されていくのを感じた」
なんとも壮絶な冨永の人生。いまやモデルという枠を越えその生き方も女子たちから支持される存在となっている冨永だが、17歳にして世界デビューを果たした当時から十代とは思えないスケール感があり、すでにある種の凄みすら感じさせた。カリスマという言葉すら安く思えるほどのあの存在感は、壮絶な人生と覚悟ゆえのものだったのかもしれない。
(林グンマ)
最終更新:2016.08.05 06:56