いわばメディアミックスのようなかたちで「在日特権」というデマは拡散力を持ち、無防備なネットユーザーを中心に浸透した。この実態のない「特権」が“差別的感情”の「正当性」に論拠を与えることで、「在日は日本人よりも不当に優遇されているから彼らを排除しなければならない」という“物語”を生むのだ。野間は言う。
「在特会会長の桜井誠は、ネットのなかで醸成されていったいわゆる“嫌韓厨”のオリジナル。当初、彼が攻撃対象にしていたのは、在日ではなくて韓国という“国”だった。NAVERの翻訳掲示板で韓国人と喧嘩していたわけ。で、“憎い韓国人に迎合する日本の左翼”、さらに“それを強化する在日朝鮮人”というふうに攻撃対象が移っていったんです」
■ヘイトスピーチ規制法は、言論統制に悪用されないのか
今回インタビューするにあたって、ひとつ、どうしても訊いておきたいことがあった。それは、ヘイトスピーチを法で規制することの是非である。野間に意見を求めた。
「……あんね、ヘイトスピーチ規制法がなくてもマジョリティに不利益はないんです。マジョリティは簡単に『言論の自由を脅かすのは危ないからやめましょう』って言ってればいいんだけど、マイノリティにとって、この法律があるのとないのとではすごく大きな違いですよね。だから、規制に反対する人たちは、その視点をちょっと忘れ過ぎじゃない?って思う」
法律によって表現の自由を制限してしまうことについてはどう考えるのか。野間は、「危険性があること自体は分かる」と前置きしつつ、現行法にもそれを制限するものが存在する点を指摘する。
「表現の自由を規制している法律としては、わいせつ罪、名誉毀損罪、信用毀損罪、侮辱罪、そういうものがすでにあります。いずれも条文は曖昧で、事細かに表現の例を羅列してあるわけではない。しかし、どんなものにも恣意的に適用できるという状況にはなっていません。ヘイトスピーチ規制法も同じです。表現の自由を制限するという理由で、法律そのものをつくらないほうがいいという場所に後退する必要はない。結局、法律ができても、それだけで世の中が変わるわけではない。法によって新たな規範は生まれるけど、それを正しく運用するだけの世論がないと、うまく動いていかない。それを維持していくのが国民や有権者の仕事です。いったん法律がつくられたら放置しておけばいいのか? そんなわけがない。これが国民主権の民主主義のコストなんですよ。使用料」
名誉毀損罪や侮辱罪は親告罪だ。だが、このヘイトスピーチ規制法がどのような法律になるかはまだ分からない。非親告罪として成立する可能性がある。そうなれば規制の名のもとに、言論が封殺されてしまうことになりかねない。
「だから世論を常に見張りとして動かし続けるしかない。ろくでなし子さんへのわいせつ罪の適用はおかしいんじゃないかとか、世論がちゃんと反応したでしょ。あとはバランスじゃないですか。政府がめちゃくちゃしようとしたら、倒せばいいじゃん。そういう考えかたです。『法律ができたら恣意的に運用されてしまう!』って、それ運用させてる自分たちが悪いんですよ。本来法律とは権力が恣意的に運用してはいけないものでしょ。それが法治主義ということなんだから、日本で法治主義が機能してないと本当に思うなら、できてもいない法律に反対する前にやることが山ほどあるはずです。でもテキトーな反対論を気軽に口にする人たちがそんなことを気にしてる様子ないでしょう」
政府を倒せばいい――捉えようによっては過激な発言にも思えるが、野間は「今、自分たちが“革命勢力”だとは思っていない」と語る。