「今でこそ、アイドルであったり、アイドルヲタであったり、ヲタ芸であったりというものは、普通の大学生でも知っていて、抵抗なく触れられる文化となりつつあるが、当時のヲタ芸は一般的にはまったく未知の、『気持ち悪い』以外の何物でもなかった。しかし、そんなことは関係なくヲタたちは、真っ昼間の大学祭でヲタ芸を全力で披露していた」(同書より)
まさかの展開に、悲鳴をあげ、逃げ惑う女子大生たち。劔に企画を依頼した担当の女子大生は、「ヲタが怖くて泣いていた」とのことで、結局それっきりになってしまったという。アイドルオタクへの偏見をなくすためのイベントがまさかの大惨事を招いてしまうとは、なんと切ない話だろうか……。
当時のアイドルオタクを取り巻く状況についてアイドル事情に詳しい音楽ライターはこう話す。
「02年に、ヲタ芸の完成形を作ったといわれる藤本美貴の『ロマンティック 浮かれモード』が発売されているんですが、この頃から現場でヲタ芸を繰り出すファンが増えてきて、ちょっとハードコアな雰囲気が漂い始めていました。ステージを見ないでヲタ芸に没頭するファンまでいて、一般人にしてみればまったくもって理解不能。そりゃあドン引きですよね」
アイドルオタクへの偏見ということでは「ロリコン」というイメージもついて回る。たしかに、未成年の少女たちを追いかけるのであるから、「ロリコン」と思われるのは仕方ないだろう。とはいっても、アイドルオタクたちも葛藤がないわけではない。
劔らハロヲタ仲間は、デビュー半年後のBerryz工房の握手会に参加することとなる。現在は全員が20歳を超えているBerryz工房だが、デビュー当時(04年3月)のメンバー7人の年齢は9歳から12歳で、全員が小学生だった。
「Berryz工房は、当時のハロプロでは最も要注目のグループとなっていた。みんな、必死でロリコンではないとアピールしながらも、ハマる事を決して避けられない状況になっていたのである。女子小学生と握手という未曾有の体験を前に、震える気持ちを抑えながら、僕は集合場所である天王寺のアポロビルに向かっていた」(同書より)
小学生アイドルと接触することに対し、どうにか自分の中で消化しようと試みながらも、不安や期待、あるいは罪悪感が交錯するアイドルオタクの複雑な心理が感じ取れる。その姿は、未成年のアイドルに欲情してしまうような、いわゆる“ロリコン”とは一線を画しているように見える。前出の音楽ライターによると、未成年の少女たちを恋愛対象として見るヲタは、必ずしも多数派ではないという。
「Berryz工房のデビュー時は、メンバーが若すぎるということでハロプロから離れていったヲタもいました。アイドルを恋愛対象として見るヲタにとって小学生は圏外ですから。じゃあ、小学生アイドルを応援しているヲタは、どういう目線で彼女たちを見ているかというと、実は親目線が多い。ヲタは、成長していく姿を見守っていたいという気持ちで応援しているんですよ。親が子供に恋をしないのと同じで、いわゆるロリコンとは違うと思います」
アイドルとの握手については、ヲタならではの特殊な感情もあるという。劔は自分がハロヲタとなったきっかけである松浦亜弥のファンクラブ限定握手会に参加するチャンスを獲得する。今でこそ握手は当たり前だが、当時ハロプロメンバーは今ほど頻繁に握手会を行っていなかった。ましてや、モーニング娘。や松浦亜弥といった第一線で活躍するメンバーとの握手は、かなりレアなイベントだった。