違法薬物問題に「厳罰主義から治療へ」は世界の潮流
そういった知見を受けて、単なる所持や使用の場合はむしろ、「治療」に舵を切るようになった。薬物を使用した者を過度に断罪することを避けるようにしているのも、依存からの回復と速やかな社会復帰を促すためである。
薬物を使用したことで社会から追放されれば、精神的にも経済的にも以前の生活を取り戻すことは難しくなるし、今回ピエール瀧が見せしめとされているように、薬物使用ですべての仕事を奪われ人生が崩壊するさまを見れば、依存を脱するために医療機関のサポートを求めたいと思っている人も二の足を踏んで、さらに状況を悪化させてしまうだろう。
深澤氏の指摘はそういった状況を説明するコメントであったわけだが、今回のピエール瀧の報道において、大半のワイドショーでこんな真っ当な意見は聞かれなかった。
むしろ、「違法薬物をやったらその時点で人生は終わり」といったイメージを補強する役割を進んで受け入れたといえる。
「そんな人だとは思わなかった」という街の人の声をVTRで届け、スタジオではコカインに手を出せばどんな人生の末路が待っているかをおどろおどろしく解説し、注射器や白い粉が入った小分けのパケの画像を映し出すのはもちろんインターネットでの購入方法を説明する番組まであり、さらには今回の逮捕で飛んだ仕事の違約金がどれほどの高額に及ぶのかを面白おかしく煽り立てた。
その一方で、薬物を使用した人の回復に関する取り組みや、違法薬物がまん延する社会状況そのものに対する批判的な眼差しはほとんど見られることはなかった。そんななか、深澤氏のコメントは貴重なものであったといえるのだが、それが逆に非難を浴びるという暗澹たる事態となってしまったわけだ。
先に引いた通り、ネットユーザーのなかには〈違法薬物使用者は終身刑〉とまで強く怒りを表明する人がいた。
しかし、もしもそこまで強く違法薬物の問題に怒りを示すのだとしたら、その憤りの矛先は違法薬物を使用した者に対してではなく、違法な薬物に逃げなくてはならないほど過酷な貧困や虐待などの社会状況がまん延していることに対してであり、そういった状況をつくりだしている政府のほうであるはずだ。
ただ、伊藤アナや深澤氏を攻撃したようなネットユーザーがそういった方向に怒りを向けることはないだろう。
彼らは「一度お上が決めたことは絶対に守らなければならない」「“なぜ守らなければならないのか”なんて考える必要はない。ただ命令されたから守らねばならないのだ」という考えが固着した奴隷だからだ。
今回のピエール瀧報道は、メディアに違法薬物に関する建設的な議論が進むための基本的な知識すらないということを改めて示したと同時に、閉塞した現在の社会状況ではそもそも他国のケースと引き比べて現行の法整備に疑問をもつということすらないという絶望的な結果を浮き彫りにした。
言うまでもなく、こういった状況は違法薬物に関する議論だけではなく、他の社会事象を議論する際にも共通する由々しき問題である。
(編集部)
最終更新:2019.03.15 08:19