退職届けを出しても辞めさせてくれない! 社長は「労働基準法なんて…」
Bさんは、人材派遣業を行う会社の正社員だった。当然のように、残業代については多額の未払いが発生していたが、在職中はBさんもあまり気にしていなかった。Bさんは担当業務があまりに多忙を極めたほか、雇用時の労働条件と実際の労働条件が大きく異なってきたことから退職を決意した。
ところが、問題はここからだった。
Bさんは退職届を社長に提出したが、社長の対応は、退職を認めないというものだった。え? ここで、働き続けないといけないの? Bさんは戸惑い、やむを得ず、弁護士に相談することにした。その後も、会社はBさんの退職を認めず、Bさんが出社しなくなってからも、社会保険を存続させ、離職票を作成しないという行動に及んだ。
Bさんは離職票と退職時証明書(労基法22条1項)を交付するよう求めたが、社長は様々な理由をつけてこれを拒否していた。Bさんは、離職票が交付されなかったことで、転職予定先の内定を取り消されるという事態にも陥ってしまった(なお、この内定取消にも法的には問題がある)。
労働者には職業選択の自由(憲法22条1項)があり、退職も原則として自由である。ただし、一定の手続的な制約はある。例えば、期間の定めのない労働契約(いわゆる正社員)の場合、原則として退職日の2週間前までに予告しておく必要がある(民法627条)。なお、就業規則に、民法と異なる規定がある場合には注意が必要なので、一旦弁護士に相談することをお勧めする。
労働契約というのは、雇い主が労働者から労務を提供してもらい、それに対して賃金を支払うという関係であって、それ以上でもそれ以下でもない。労働契約がある以上は退職も許さずに会社に縛り付けておいてよい、という関係では断じてないのである。
この事例では、未払い残業代や退職妨害についての損害賠償等を求めて労働審判を申し立て、Bさんが勝利することになったが、労働審判のなかで社長が言った言葉が、ブラック企業あるあるの言葉として印象的だった。
「我々の業界ではどこも労働基準法は適用されていない。わが社のような中小企業に労働基準法が適用されたら、わが社はつぶれてしまいますよ」
それでもいいんですか、と言わんばかりの口調で、社長の信念が感じられる勢いであった。その言葉が出たとき、私は思った。……この件、勝ったな。
【関連条文】
労働時間 労働基準法32条(原則)
パワハラ・不法行為 民法709条、同710条(慰謝料)、同715条(使用者責任)
退職申出 民法627条1項(期間の定めのない雇用の解約申入れ)
退職時証明 労働基準法22条、同120条1号(罰則)
髪を切る 刑法204条(傷害罪)または刑法208条(暴行罪)
(星野圭/福岡第一法律事務所 http://www.f-daiichi.jp)
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ブラック企業被害対策弁護団
http://black-taisaku-bengodan.jp
長時間労働、残業代不払い、パワハラなど違法行為で、労働者を苦しめるブラック企業。ブラック企業被害対策弁護団(通称ブラ弁)は、こうしたブラック企業による被害者を救済し、ブラック企業により働く者が遣い潰されることのない社会を目指し、ブラック企業の被害調査、対応策の研究、問題提起、被害者の法的権利実現に取り組んでいる。
この連載は、ブラック企業被害対策弁護団に所属する全国の弁護士が交代で執筆します。
最終更新:2018.07.03 11:07