「『政治的中立を』という言い方で、体制批判を封じ込めようとする風潮が広がっている」
公務員でもない坂本に政治が圧力をかける。まったくとんでもない話だが、こうしたことはいまにつながる「空気」のはじまりだったのだろう。「音楽家が政治に口を出すな」と批判が起こり、政治家からも「活動を慎め」と自由な言論に横やりが入る。──これはいま、日本で確実に進行している問題だからだ。
「音楽に政治をもち込むな」という声が起こった昨年、坂本は取材に対して「なぜ問題になるのかが分からないし、問題になる日本社会にむしろ問題を感じます」と回答し、このような危機感を示している。
「音楽と政治という問題に限れば、政治を持ち込むも持ち込まないも自由、というだけの話。ただ『偏っている』と批判された美術館が作品展示を取りやめたり、憲法集会が公的施設を貸してもらえなかったり、日本には『政治的中立を』『党派色を持ち込むな』という言い方で政治的な主張や体制批判を封じ込めようとする風潮が広がっている」(毎日新聞2016年7月5日付)
デモで脱原発や安保法制の反対を訴える音楽家に「中立的じゃない」という批判があがる社会。だが、権力側が自分たちに同調する音楽家にすり寄り、利用したとき、そのような批判は起こるか。同じ記事の取材でソウル・フラワー・ユニオンの中川敬が「『政治』に積極的に利用されているEXILEやAKBは、今回騒いだ者たちからは批判されない。結局、『権力にたて突く』行為自体を快く思わない、この国の精神風土がここには大きく横たわっているのです」と指摘しているが、その通りだろう。
実際、百田尚樹が「沖縄の2つの新聞は潰さなあかん」と問題発言をした自民党の「文化芸術懇話会」は、坂本龍一や吉永小百合といったリベラル文化人から支持を取り付けている護憲派に対抗する狙いだったという。「世界のサカモト」に対抗するのに白羽の矢が立ったのが百田だというのが泣けてくるが、もしも坂本が原発・安保法制推進派だったとしたら、安倍自民党がとことん利用しただろうことはたしかだ。
坂本が脱原発のメッセージを発しつづけた6年半、権力に反対する者への風当たりはどんどん強くなっている。だが、坂本はけっして発信をやめない。メディアへの圧力が強まるなかにあって、それはかすかな希望でありつづけるだろう。そして、あらためて坂本の言葉に耳を傾けたい。『報ステ』のインタビューで坂本は、原発を「結果的に自分たちの首を絞める」と指摘した上で、こう述べた。
「ぼくらの次の世代、次の次の世代にも、平和に生きていってもらわなければいけないので、なんとかより良く、変えていかなければいけないと思う」
(編集部)
最終更新:2017.09.14 10:18