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安倍政権の沖縄いじめの中『あさイチ』が基地に苦しむ沖縄の声を紹介! 井ノ原快彦は「沖縄の現実を想像しよう」

「沖縄には基地がないと経済的に困る」という「本土」の決め付け

 同様に、番組にゲスト出演していたNHK沖縄放送局の西銘むつみ記者も、米軍が事故や事件を起こしても捜査権が日本にはないなど、不当なかたちで日米地位協定が結ばれている事実を踏まえ、そうやって「対等な関係じゃない」ことを「若い人に伝えていっていない大人の責任もある」と言及した。

 だが、土地を強制的に奪われ基地との“共存”を為す術もないまま強いられてきた沖縄の歴史や、地位協定の不平等さ・主権のなさを知らないのは、沖縄の若者以上に「本土」の人間だろう。

 事実、番組でも紹介されたように、NHK世論調査では「沖縄経済は米軍基地がないと成り立たないか」という質問に、沖縄では「そう思う」と答えた人が31%に留まり、60%の人が「そうは思わない」と回答した一方で、全国で「そうは思わない」と答えた人は32%、「そう思う」と答えた人がなんと58%にも及んだのだ。──つまり、沖縄では「基地がなくても経済は成り立つ」と多くの人が考えているのに、「本土」の人びとが「沖縄には基地がないと困るだろう」と勝手に決め付けているのである。

 西銘記者が番組内で指摘したように、基地から返還された土地に商業施設が出来るなどして経済効果が生まれていることを沖縄の人びとは知っており、「基地が返還されたほうが自分たちで自立した経済をつくれるのでは」という向きが現実にはある。しかし、その現実を「本土」は見ないし、意見を聞こうともしない。「本土」の本音とは、とどのつまり「沖縄に基地を押し付けていたい」というものではないのか。

 VTRでは、篠山と柳澤が昨年12月にオスプレイが墜落した場所からすぐ近くにある集落を歩き、住民に話を聞いていたが、そのなかのひとりの「おばあ」は、喋ることに不自由さがあるようで、手振り身振りで一生懸命、墜落したときに大きな音を聞いたことやとてもびっくりしたことをふたりに伝えた。そして、地元の海は貝を捕っては食べるなど、思い出が詰まった自慢の場所だということも。

 別れたあとも何度も振り返ってふたりに手を振るおばあ。その姿に、篠山はしみじみと「俺のおばあちゃん思い出す」と言い、このように口にした。「なんでこの人たちが、そういうリスクに晒されているんだろう」。

 このおばあだけではない。沖縄に住むすべての人が、いつ米軍機が墜落するかもしれないというリスクや、昨年も起こったように、米軍に暴行を受けて殺されるかもしれないという“軍隊のある街”の恐怖に晒されている。だが、ネトウヨのみならず、「本土」で暮らす多くの人たちや評論家を気取る人間たちは「国防のためには沖縄の基地は必要」などと“上から目線”で語っては、そうした不安の声を黙殺してきたのだ。

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