──津田教授の研究・分析結果に対して“被曝の影響はない派“の多くが持ち出すのが、「スクリーニング効果」と「過剰診断」により見かけ上増えているに過ぎないとする主張です。すなわち、福島原発事故を受け、これまでなされなかった大規模検査や、医師の過剰な診断が行われたことで、臨床症状が現れていない潜在的ながんの発見に結びつき、それによって罹患数が急激に増加したように見えるだけではないのかというものです。
津田 実は甲状腺がん、特に小児甲状腺がんにおいて、スクリーニング効果、過剰診断がほとんどないことはすでに実証されています。チェルノブイリでも過剰診断やスクリーニングなどが話題になり、最終的に日本と同じように腫瘍の大きさが5.1ミリ以上の人々を二次検査し、どの程度がんが見つかるかの検査を実施しました。これらも含め、べラルーシでは、最終的には、非曝露群(被曝していないグループ)や比較的低線量の地域で合計4万7203人での超音波検診の結果、一例も見つからなかった。そして甲状腺がん発生は過剰診断などではなくチェルノブイリ事故による多発だと最終的に決着したのです。これは論文にもなっています。
そもそも過剰診断やスクリーニング効果と言っている人たちは、数字のことを無視しています。たとえば甲状腺がんのスクリーニング効果を指摘している論文もいくつかはありますが、そこで示されているのは大人で最大で15倍くらい。実際の福島の事故当時18 歳以下の甲状腺がん発生率は全国の20〜50倍なんですから、スクリーニング効果では説明できない。つまり、過剰診断やスクリーニング効果というのはもっともらしく見えて、科学的根拠も何もないんですよ。
また甲状腺がんは「ゆっくりと成長する」という思い込みがありますが、少なくとも福島県での事故時0〜18歳の子どもたちに観察された甲状腺がんは、1巡目スクリーニングでゆっくり成長するがんが除かれた後の2巡目のスクリーニングでも見つかり、やはりすでに14倍から39倍の桁違いの多発を示していて、1巡目から2〜2年半の間に少なくとも5mm超に成長するがんが80%を占めています。このことからもこの桁違いの多発を、スクリーニング効果で全部説明できるとは全く考えられません。
──たとえば国立がん研究センター・社会と健康研究センターのセンター長である津金昌一郎氏は、「『多発』の原因が被曝なら、数十倍というオーダーの増加は相当の大量被曝を意味する。しかし、福島県民の被曝線量はチェルノブイリ原発事故による住民の被曝線量と比べて低く、過去の経験や証拠からそうとは考えにくい。被曝から発症・多発までの期間も早すぎる」として「現時点では放射線の影響で過剰にがんが発生しているのではなく、『過剰診断』による『多発』とみるのが合理的だ」(朝日新聞2015年11月19日付)との旨を述べています。
津田 被曝線量が低いなどと言っている人は、政府などが主張している被曝線量にもとづいて話しているのだと思いますが、福島の被曝線量は各地でバラツキが大きく、数値が低い所と高い所では2桁も差がありました。
しかもチェルノブイリとの比較において、重要なのは福島の人口密度が圧倒的に高いということです。厳密には比較できませんが、人口密度を考慮すると、被曝線量がたとえ3分の1以下でもチェルノブイリと同じくらいになる。ですから私が心配なのは、福島県の南のほうは人口密度が高く、そして放射能プルーム(放射性物質が大気中を雲のように流れていく現象)は南に流れている。そうすると、被曝線量が低くても数としては高くなる。私たちはそれを警告していますし、実際にそういう風になってきている。
逆に小児甲状腺がんは“放射線の内部被曝によってすごく増える”ということは国際的にも認められている事実ですが、では他にも原因があるかといえば他の理由はない、増えるという要因がないのです。ですから福島でこれだけ見つかっているということは逆に、被曝線量がそれなりに高かったと言えます。病気の発見の歴史は、今回の被曝線量といった“原因”の側からわかってきたものではなく、“この病気がこんな人に多発している”というところの研究や調査が始まり、その結果、原因がわかってきた。それは教科書にも載っている歴史的にも常識的な手法です。その手法を用いたときの結論は、事故による放射性物質放出で甲状腺がんが増えているということ。多発も桁違いで、これまでのデータからすると過剰診断もほとんどない、と言うしか結論の出しようがない。