そんな春氏だったが、両親の気持ちを優先し、最低限の介護サービスしか利用しなかった。だが、その異変に気づいたのがケアマネージャーだったという。「今したいことは、なんですか?」との問いに、大学を卒業する娘との旅行を伝えると、「介護サービスを使って行ってきて」と背中を押されたのだ。その後、春氏は以前より介護サービスを使うようになり、気持ちの切り替えができたという。
芸能一家も介護とは無縁ではない。母がエッセイストの安藤和津、父は俳優の奥田瑛二、さらに妹が女優の安藤サクラ、そして自身も映画監督という華々しい一家の安藤桃子氏は、祖母を家族総出で介護した。しかし介護に至るまでは紆余曲折あったという。それは寝たきりになる前、祖母がデパートでおもらしをしたことだった。
〈体の大きなひとだったから2人で入ると窮屈、尿の匂いも子どもと違ってきつい。手間取るうちに祖母が力尽きてへたりこんでしまい、思わず怒鳴ってしまいました〉
桃子氏はこのことを現在でも後悔しているというが、その後も祖母は家族に下の世話をされることを拒否したという。
〈埋められない溝があって、しんどい時期でした。けれど、祖母が自らの現状と、家族の「助けたい」という気持ちを受け入れてくれたことで、介護は次第にスムーズになっていきました〉
祖母は06年、83歳で亡くなったが、桃子氏は14年、介護をテーマにした映画『0.5ミリ』を監督する。その理由は次のようなものだった。
〈お年寄りの知恵を借りたり、大切に敬うことが今の日本では本当に少ないですよね。高齢者への敬意がない現状に怒りが湧きました〉
〈先人たちの知恵を、しっかり受け継ぎ、バトンタッチをしなくてはと思います〉
同書で語られるのはある程度、経済的に余裕のある人々でもある。環境の面でも恵まれているといってもいい。それでも、介護はそれぞれが多くの、そして多様な問題を抱えるものであり、苛烈なものには違いない。彼ら、彼女たちの語る言葉は、体験者ならではの切実なものだ。
「働いている人の収入が、大変な仕事の割には少ない」「東京オリンピックで本当に3兆円使うのなら、それを削って介護士さんの給料を上げてほしい」(島田洋七氏)
「相談できる人を見つけて、ためこまないこと。サービスも受けて、どんだけズボラにできるか考えると、気が楽ですよ」(春やすこ氏)
「仕事がなければ孤独に陥り、煮詰まってしまうでしょう。ブログなどで発信し、社会にかかわりながら誰かの役にたつことは、私自身の救いでもあります」(認知症の母親を介護するフードライターの大久保朱夏氏)
「介護は突然やってきますし、介護する側の心が豊かでないと成り立ちません。家族をサポートする体制をもっと増やしてほしい」(安藤桃子氏)
「政府はいま、施設介護を見直し、在宅介護にシフトさせようとしています。悪い方向ではありません。しかし、介護の働き手は備わっていないなかで、互助や家族でごまかされては困ります」(20代で母親を、30代で父親を、そして夫を在宅介護で見送ったノンフィクション作家・沖藤典子氏)