この事件をあらためて振り返ると、電通の営業担当者はスズキ側にCM放送料として3億円強も水増しした広告料金を請求していた。その水増し分を営業担当者が横領していたのだが、この担当者は、NEC元会長・関本忠弘氏の御曹司である関本雅一氏だった(ともに故人)。関本氏は、スズキ側に「テレビ番組の中でスズキの商品が映るように手配する」などと架空の企画をもち込み、そのために商品が番組で映っていると見せかけた偽造ビデオテープまで作成。このビデオを観て不審に思ったスズキ側が電通に問い合わせを行ったことで不正請求が発覚したのだ。トヨタの指摘で問題が発覚した今回の構図とまったく同じである。
しかも、やはり今回と同じように、電通は社内調査を経て同年6月初頭には不正の事実を確認していたにもかかわらず、記者会見を開いて不正請求を公表したのは7月21日になってのことだった。
このときも、電通が公表に踏み切ったのには裏があった。じつは7月初旬に「噂の真相」や「創」などの編集部に、スズキへの不正を告発する怪文書がFAXで流されていたのである。編集部のチョイスからも、怪文書を流した人物が電通のしがらみのない雑誌を選んでいることがうかがえるが、これらの雑誌が取材に動いていることを電通側がキャッチし、やむを得ず問題を公表するにいたったのだ。
さらに、電通は関本氏を懲戒解雇としたが、問題が発覚するまで電通の上層部は関本氏を依願退職とし、内々で処理しようとしていたという。また、このとき電通側は3億円強の補償金をスズキ側に支払ったことで幕引きを図ったが、通常、CMが単純ミスや不可抗力などによって放送されなかった場合、普通は「3倍返し」、悪質な場合は「クライアントによっては9倍返しというケースもあった」というように、請求金額よりも高い補償が行われるという(「創」2000年9月号)。だが、なぜかスズキは電通へのペナルティなしで折り合っている。この不可解なスズキの対応に「関本NEC元会長と鈴木修スズキ会長との間で話ができあがった」とする説が流れ、実際、電通は関本ジュニアを警察に告訴することはなかった。
そして、この事件は関本ジュニアが元フジテレビアナウンサーの寺田理恵子氏と再婚したばかりだったこともあって、一部の週刊誌は関本氏の女性問題と絡めたかたちで報道。そのほかのメディアは会見発表を報じた程度で、結局、電通をはじめとする広告業界の構造的な問題には踏み込まず、“個人の不正”と矮小化して処理されてしまったのだった。
こうしたメディアの電通タブーに怯えるがゆえの体たらくは、その後もずっと変わらない。たとえば、2007年には裁判員制度PRのために最高裁が電通と2年約7億円の契約を結んだが、電通が請け負った「裁判員制度全国フォーラム」において、シンポジウムを主催した新聞社による「サクラ動員」や、契約書をフォーラム開催後に作成していた「さかのぼり契約」などが次々に問題が発覚。案の定、やはりここでも電通の不正請求問題が浮上した。