つまり鉱物粘土の遮水壁である「鉛直バリア方式」は現在の技術でも十分対応できるため「開発研究費」としては計上できない。よって東電の負担になる。一方の「凍土壁」なら未だ経験も実用例もなく“成功するかわからない”「開発研究段階」にある。だから環境問題の政府研究予算という“税金”で計上できる。2011年に真っ先に排除、却下された“未知で困難な工法”との理由が、今度は巧妙に政府、東電に利用されたのだ。
しかも「凍土壁」は原発企業のひとつである鹿島建設が提案し、短期間の入札で東電との共同事業として落札された。政府、東電、原発企業という原子力モンスターが原発事故さえ利用して廃炉・汚染水利権を握り、税金を貪るという実態も見え隠れするのだ。
さらに、「凍土壁方式」の決定には、もうひとつ大きな理由が存在した。それがこの時期、安倍首相が推し進めていた2020年東京五輪招致だ。当時、五輪招致には福島原発事故、汚染水問題の収束を世界にアピールする必要があった。しかし福島原発は収束などしていない。地下貯水槽からの汚染水漏れ、ストロンチウムなど高濃度放射能汚染水の漏出、そして除去困難なトリチウムの海洋放出を経産省が示唆するなど、汚染水問題が大きな注目を浴びていた。
だからこそ安倍首相は、国が主導できる「凍土壁方式」に飛びついた。汚染水の“切り札”と大々的にアピールすることで、その難局を乗り越えようとしたのだ。実際、IOC総会での最終プレゼン直前の9月3日には「凍土壁」に470億円の国費投入が発表され、9月7日のプレゼン本番で安部首相は「フクシマについてお案じの向きには私から保証をいたします。状況は統御(アンダーコントロール)されています」と世界に向けて発信する。
安倍首相が「国際公約」を行い、しかも国費を投入する以上、「凍土壁」を是が非でも進める。それがたとえ“凍らなく”てもだ。
しかし、こうした実態をマスコミは大きく伝えることはなかった。「汚染水はコントロールされている」と嘯く安倍首相に対し、汚染水が大量に流出している事実を突きつけることもしなかった。
だが、実際には多くの専門家がその破綻を指摘するだけでなく、東電自身もそれをすでに認めている。
今年7月19日に開かれた原子力規制委員会の有識者会議では東電側はこんな発言をしている。
「我々は凍土壁を作ることで流入量の抑制を目的にしています」「完全に閉合することは考えていない」
“抑制を目的”“完全に閉合しない”。つまり完全凍結による汚染水ブロックなど不可能だと認めたことになる。さらに原子力規制委員会も「原発敷地内に流れ込む地下水を遮断する効果が見られない」と指摘するなど「凍土壁」の破綻は誰の目から見ても明らかとなった。
それでもなお、政府と東電に「凍土壁」プロジェクトを撤回する気配はない。
名古屋大学名誉教授で地盤力学・地盤工学を専門とする浅岡顕氏は「世界」(岩波書店)16年3月号で現在の状況を「もはや理解できない」として、こんな指摘をしている。