ふつうなら、このようなわかりやすい嘘ばかりを繰り返していると、人から信用されなくなる。だが、恐ろしいことに、このふたりの「嘘」には人を混乱させる力があるのだと、内田氏はいう。
「常識的に考えると、言うことがころころ変わる人間は嘘をついている。日常的にはそういうふうに判断しています。そう判断しても経験的には誤ることがあまりない。でも、その経験則がこれらの政治家たちには適用できない。経験則に照らしたら、彼らは公人なのに平然と嘘を言い続けていることになるけれど、ふつうは「そんなはずがない」。だから、僕たちのほうが混乱しちゃうんです。「ありえないこと」が今目の前で起きているわけですから、自分の常識を書き換えるしかない。それは要するに、自分がものごとを判断しているときに使っている基準は「使い物にならない」ということを自ら認めるということです。自分の判断基準は「現実的でない」と認めなければならない。そうすると一時的に「フリーズ」するしかない」
まさか、政治家ともあろう人間が、こんなバカバカしい嘘をつくはずがない……。そんな“常識”を橋下氏と安倍首相は易々と破り、人々を思考停止に陥らせてしまう。内田氏はこのふたりについて、「「常識が通用しない人」は無敵」と指摘する。それは「誰とも全然議論する気がない」「異論と対話する気がない」からだ。
さらに、橋下氏と安倍首相は、嘘をつくことで、こんな“効果”も得ているという。
「総理大臣も市長も、平気で嘘をつく。呼吸をするように嘘をつく。あまりに嘘をつき続けるので、検証が追いつかない。「彼のあの時のあの発言は虚偽の論拠に基づくものでした」と数週間か数カ月後にジャーナリストが指摘しても、そんな話はテレビの視聴者たちはもう誰も覚えてやしない。次々と新しい話題に視聴者や読者の関心をずらしてゆけば、どれほど嘘をついても検証が追いつかないということを安倍さんや橋下さんはどこかで経験的に学んできたのでしょう」
まさに「確信犯的な反知性主義者」(内田氏)のふたりだが、彼らにはもうひとつ共通点がある。それは「二人を駆動している政治的な情念がある種の「怨念」だという点」だ。