〈ショックだったとか、トラウマになったとか、そういう感じではなくて、だってなにされたかよくわかんなかったし、わかってなかったからそういうことされたわけだし、ジュースおごってくれたしラッキーぐらいに思っていた。でも中学生になったらやっぱりみんな彼氏とかできたり憧れたりするから、セックスの話とかするんだよね。
1年1組、教室、2時間目のあとの休み時間。友達の会話。そこで「うわー、もうやってるやつじゃん、それ」って気づいた私。大好きな人と、手つないだり、キスしたりしたあとに、やることなんだって知った。まだ「恋愛」に憧れるような女の子、セックスとか恥ずかしくて口にもできない女の子、少女漫画とかの知識しかない女の子。そんな女の子じゃないんだなって、私は違うんだなってわかったんだ。あ、もうダメだ、人生終わった、私はこの子たちとはまったく違う生き物なんだ〉
「私はこの子たちとはまったく違う生き物なんだ」という思いは、彼女をエキセントリックな行動に駆り立て、どんどんまわりから孤立させていく。
彼女の入学した私立中学は、学校指定のカバンが生徒たちから評判が悪く、他の子はオシャレな学校指定バッグの代名詞ともいえる法政二高のバックをネットで買うなどして使っていたが、大森靖子がとった行動はそれらとはまったく違うものだった。
〈私は100均で首輪みたいな鎖買ってきて、マニキュア使って「死」とか書いていたのに、先生は学校の名前に傷がつくからって持ってくるなって言った。持ち歩くことすら、許されなかった。
一人だけ指定カバンを持っていかなくてよくなっちゃったし、頭もすでに金髪で、先生はなにも言わないけど、そのぶん先輩だけには嫌われて、生意気って何度も自転車のタイヤをパンクさせられた〉
この後、彼女は学校の購買部の職員とできていると噂されたり、シンナーをやっているとデマを流されたりして、保健室登校を余儀なくされる。愛媛の狭い街のなかで周囲から疎まれ友だちはいない。そんな彼女の支えになったのは、銀杏BOYZの音楽であった。
高校卒業後は窮屈な田舎を抜け出すべく上京。武蔵野美術大学に進学を果たす。でも、東京に来てもその孤立は変わらなかった。
〈やることもなくて、暇そのものすらやりつくして、しかたがないから1ヶ月寝ないとか、そういうことを実験してみて。人間は1ヶ月寝なくてもやってはいけるとかどうでもいいことを知る。途中から幻想とか見るけどやってはいける。でもコンビニに入ったら急に戦国時代の幻覚が見えて、それで実験はやめてしまった〉