「というよりNPBや巨人、スポーツマスコミもあえて深く掘り下げないでいるようです。問題は『文春』が何をつかんでいるかだけ。B氏が『文春』に話しているのは高木のことまで、という情報をつかんで、これで事件を幕引きさせようと考えたようです。B氏は情報を小出しにしているだけで、まだままだ隠し玉を持っているという話もあるのに、大丈夫なんでしょうか」
また、問題は「声出し」や高校野球くじに飛び火しているが、この問題に関しての球界の対応についても、伊集院は問題点を指摘する。
「「声出し」っつって、始まる前に『今日も頑張って行きましょー!』みたいなやつを言った人は勝つとお金がもらえますみたいなシステムあるじゃないですか。俺の見てる世の中の風潮では、『あれぐらいはしょうがないよねー』っていう風潮になってる、みんなもずっとやってきたわけだしって。で、野球ファンとして、まあまあそうなのかなと思う一方で、本当に良いのかどうか、警察なり、あれが本当にありなのかどうかを裁くところの人が見解を示してくんないと、野球協約で良いとか悪いとかの話じゃないじゃん。あれが賭博行為じゃないんなら、今年から俺も草野球チームでやるよ。あれをさ、プロ野球が堂々と『賭博行為じゃないから大丈夫です』って言ってて大丈夫なの?って。俺は野球の味方だよ、野球が大好きだよ。だけど、そこははっきりしなきゃいけねえんじゃねえのとか」
「『(「声出し」とか)そういう些細なことみたいなのがいっぱい出てきましたね、最近』ってとこで押し切ろうとしてて、そのなかに高校野球くじみたいなのが入ってんじゃん、え、それ些細なことなのっていうのと」
法律の専門家からは、「声出し」にからむ金銭授受の行為が賭博罪にあたるのではとの指摘がなされているが、球界側も世間もこれらの行為を八百長には結びつかないとして、責任問題などは追及しないような流れとなりつつある。しかし、議論の焦点は八百長に結びつくかどうかではなく、これが賭博罪にあたるかどうかだ。この問題についても、本当にうやむやなままで開幕してしまっていいのだろうか?
問題が山積しているのにも関わらず、その検証作業を終えぬまま開幕してしまうことで話を風化させてしまおうとする球界の姿勢に疑問を唱えるのは伊集院だけではない。スポーツ評論家の玉木正之氏は「そもそもきちんと調べているのかも疑問だ。時間が経って周りが忘れることを待っているようだ」と話し、ノンフィクション作家の長田渚左氏は「ちょっとした賭けが蔓延する中で、球界や球団が開幕ありきを念頭に処分や発表をしているようで納得できない。こうした行為が八百長につながる可能性もあり、球界の歴史の中でも今回は特に危機的局面。それなのに、臭いものにふたをするような対応だ。本来であれば1、2試合は無観客試合にし、討論の場を持つなど、球界全体のモラルを見直すための真剣度を見せるべきだ」と警鐘を鳴らしている(玉木氏、長田氏両者のコメントとも3月23日付「産経新聞」より)。