しかしこの時、美智子は思った。
〈子供の頃から偏見に晒され、屈辱的な思いを味わってきた彼を想像すると、いとおしいと思う感情が募った。〉
美智子はこのことを優作には伝えず、同棲生活を続けた。その後昭和48年には『太陽ほえろ!』のレギュラーが決まったが、その頃、優作の長兄が自宅にやってきた。美智子が休む部屋の隣で兄弟はボソボソと話をした。その時こんなやり取りが聞こえてきたという。
〈「兄ちゃん、国籍のこと話したのか!」
「いいや、わしが話す前に、うちのこと全部知っとったぞ」〉
この時、美智子は優作に怒られると思ったという。しかし優作が取った行動は意外なものだった。長兄が引き上げた後、美智子の寝室に入ってきた優作は美智子を起こしてこう言ったのだ。
〈「知ってて、それでも、一緒にいてくれたのか……」
両手で引き寄せられ、力強く抱きしめられた。泣いてはいなかったけれど、優作が涙ぐんでいるのがわかった。くぐもった声で、彼は繰り返した。
「ありがとう、ありがとう」〉
自分が在日だというだけで、そのことをもし相手に知られたら、愛する人が自分の元を去ってしまう。優作は自分の出自に関し、そんな恐怖、恐れを抱いていた。人間性ではなく、出自が違う。それだけで差別され、虐げられてきた体験が優作にあったということだろう。
その後、スターの階段を駆け上っていく優作だが、それとともに、顕在化してきたのが日本国籍を取得したいという気持ちだった。もちろんその理由は“差別”だ。
「彼が私との同棲中に『お前の家の養子にしてくれ』と頼んだのは、日本国籍を取得したいという強い希望があったからだった。在日というだけで差別され、色眼鏡で見られる状況から、なんとかして抜け出したいとあがき続けていた」
そして『太陽にほえろ!』に出演する優作の評価が上がるのと同時に、優作は考え込むことが多くなった。そして美智子にこう言った。
「どうしても日本国籍に帰化したい。協力してくれないか」