このときに生まれた言葉が、いま東日本大震災復興で国の基本方針にもなっている「創造的復興」だ。しかし、医療ツーリズム構想は医師会などから人道的な問題があるなどと猛反対を受けて敢えなく頓挫する。神戸空港の利用者は当初予測の半分で、完全な赤字空港になっている。多額の補助金を受けて開設された国際医療開発センターは医療産業都市の基幹施設のひとつだったにもかかわらず、オープンから1年も経たずに破綻した。ポートアイランドの土地は値下げしても借り手がつかず、いまもガラガラの状態だ。
1995年の阪神・淡路大震災で生み出された「創造的復興」が何の反省も検証もなく20年後の東北に亡霊のように蘇った、と著者の古川は見ている。
具体的にどんなことが起きているのか。古川が最初に違和感をもったのが「神戸医療産業都市構想」を彷彿とさせる「東北メディカル・メガバンク構想」だ。約500億円もの復興予算を使って行われる文部科学省管轄下の巨大プロジェクトで、柱となるのは大規模ゲノムコホートとバイオバンクの複合事業である。といってもいったい何のことだかわからない人も多いだろう。要は、ある特定の地域に住む人たちの遺伝子情報をデータベース化した上で、長期間に渡って追跡調査し、特定の病気の発生率や要因と病気の関連などを調べる研究だ。親子孫の三世代に渡るゲノムを採って解析し、将来の予防医学に役立てるという。
文科相によると、このプロジェクトは、医療不足解消とのセットになっているという。もともと慢性的な医師不足だったところを震災が襲い、多くの病院が被災し、診療所が流出するなど壊滅的な打撃を受けた。被災3県では震災から2年経った時点で300人以上の医療従事者が立ち去った。そこに持ち上がったのが、前述の東北メディカル・メガバンク構想だ。どういうことかというと、ゲノム研究を目的に集まってきた若手研究者を地域医療の支援にも回そうというのである。
これだけ聞くと医療の充実を待ち望む被災者にとっては福音にも聞こえるが、騙されてはいけない。地域の健康支援に巨額の復興予算を使うといっても、この構想で一番メリットがあるのは被災者ではなく、研究者、大手建設会社、研究関連企業だということ。被災地のニーズではない研究の“おこぼれ”として地域医療の支援をするというのは、順番が逆なのだ。しかも、実際に調査対象となる被災者にはゲノム研究の説明がほとんどされていないというのである。古川が取材した中には、一般的な健康診断で「遺伝子検査」とは認識しないまま承諾書にサインさせられ、採血に応じた人もいた。ちなみに、ゲノム採取に応じれば1000円分の商品券がもらえる。