高倉の死の1年半前の養子縁組、高倉の意向を尊重するための見舞い拒否、高倉の意思を口述筆記、そして、高倉にすべてを任されたという事実の表明──。
これ、何かを思いださないだろうか。実際、芸能マスコミの間ではたかじんと同じパターンなのではないか、という噂も広がった。実は「週刊文春」は近々高倉健追悼の特別増刊号を発行する予定で、Tさんが全面協力しているという。そんなところから、今回は「週刊文春」が百田尚樹『殉愛』(幻冬舎)の役回りを演じているのではないか、との見方まで流れている。
だが、結論から言うと、それはなさそうだ。ある芸能ライターが語る。
「我々もまったくノーマークだったんですが、最期を看取った養女Tさんは健さんとはかなり前からの付き合いで、秘書役としてずっとサポートしていた人なんです。健さんも全幅の信頼をおいていた。たかじんさんのケースとはかなりちがう」
養子縁組にしても2年半前に高倉本人から相談を受けたと弁護士が証言している。この時点で高倉は病気になっていたわけではなく、映画『あなたへ』の撮影が終わった直後。次回作への意欲も見せていた。そういう状況の中での養子縁組だから、かなり冷静に考えた結果と見ていいだろう。
「Tさんが今回、文春の取材を受けたのも、事務所を任されることになって、いろんな追悼企画の交渉窓口にならざるをえなくなったので、やむなく、ということのようです。実際、文春でもプライベートのつきあいについては一切語っていないですしね」(前出・芸能ライター)
ただ、そうはいっても、女性との養子縁組はストイックに生きる孤高の人というイメージをもっていた健さんファンに驚きを与えたのは間違いない。
しかも、健さんをめぐってはもうひとつ、衝撃的な告白があった。「週刊現代」(講談社)15年1月3・10日合併号に掲載された高倉健の元恋人であり女優の児島美ゆき(62)のインタビューだ。
江利チエミと離婚後は生涯独身を貫いた高倉だが、その間、何人かの女性と交際が伝えられている。その一人が児島だった。
「私、30年近く、彼を恨んで恨んで、恨みつづけてきたんです。世間体を大切にして私を振った、ひどい男だと、近しい人にも言いつづけてきました」