また、今回もネット上では公明党への創価学会を絡めたツッコミが「タブーへの挑戦」と称賛された。公明党本部に訪問し「公明党の職員はみなさん創価学会?」と質問したり、山口那津男代表との中継でも『大衆とともに 公明党50周年の歩み』(公明出版サービス)という先日発売された書籍を広げ、冒頭にでかでかと池田大作が登場することを指摘して「(この本を読むと)公明党って池田大作さんの党なんだって思うんですが、どうなんですか?」と追及していたが、しかし、これを“タブー破り”と称されることは池上氏にいわせると「誤解」なのだという。
というのも、政治に詳しいスタッフにとって〈創価学会が公明党の選挙運動をしてきたことは、自明のこと〉だから、わざわざ紹介してこなかったというのだ。しかし、池上氏がこの番組で実践したのは〈基礎の基礎から政治を解説する〉ということ。よってタブー破りなどではない、と池上氏は感じているようだ。だが、逆にいえば、他局の特番は視聴者のほうを見ていない、ということでもあるだろう。
視聴者のほうを見ていない……選挙特番のみならず、ふだんの報道でもそうなってしまうのは、「政治部記者」という存在の弊害だ。本書の“池上解説”によれば、政治部記者には「自分は選ばれたエリート」と勘違いする者も多く、「有権者から選ばれた特別な存在」と思っている政治家と親和性を高め、食い込んでいるうちに〈いつしかミイラとりがミイラになって、政治家に取り込まれていく〉のだという。結果、〈その政治家や派閥のためなら、特ダネなどは書きません〉という状態に。ついには派閥のトップを「うちのおやじ」などと呼ぶようになるらしい。
これではテレビや新聞が、政治を正しく伝えることなどできるわけがない。そして、政党からの離脱者や有力政治家同士の対立といった「政局報道」に終始し、肝心の「政策」が見えなくなっていくのだ。
日本の政治家のレベルが低い理由には、〈政治家と真剣勝負をしてこなかった日本の政治ジャーナリズム〉にも責任がある。──そう感じてきたからこそ、池上氏は『選挙ライブ』でこれまでの選挙報道に風穴を空けた。そして、その人気にあやかろうとしたのか、今回の選挙特番は各局とも鋭い質問を投げかけていたようにも思えた(ただし宮根誠司と安藤裕子がキャスターを務めたフジテレビを除く)。こうした“総池上化”によって、政治家も少しは賢くなるのだろうか……?
(水井多賀子)
最終更新:2017.03.02 05:35