宮崎は話の元になりそうな絵をどんどん描き、それを取り入れたり、まとめあげながら小田部がキャラクターをつくり、その間に高畑が設定やあらすじをつくり込み、きめ細かな演出を考えていく……。そうした作業をつづけていた3人だったが、アニメ化を断念せざるを得ない事態が起こる。原作者であるリンドグレーンの許可が下りなかったのだ。
しかし、この『ピッピ』の制作過程で生まれたアイデアは、後の彼らの作品に活かされていった。たとえば、テレビアニメの金字塔である『アルプスの少女ハイジ』(74年、フジテレビ系)のオープニングで登場した空から吊るされたような大きなブランコも、実はピッピのときに考えていたアイデア。『となりのトトロ』の原型ともいわれる映画『パンダコパンダ』(72年)に出てくるミミ子も、赤毛にそばかすがチャームポイントで、一人暮らしをしているなど、ピッピを連想させる要素を持った主人公だった。加えて、ピッピのために宮崎がロケハンに出向いたスウェーデンのゴトランド島にあるヴィスビーという街は、『魔女の宅急便』(89年)の舞台となるコリコの町の参考にもなっているそうだ。
また、『ピッピ』をつくる際に、3人は「絵本風な感じでキャラクターが生きる世界を作れないか」と考えていた。それまでの立体感を出すような色の塗り方ではなく、必要以上に描き込まず、余白を残しながらサッと色をつけるような淡彩風の色合いにしようと試行錯誤したのだ。そのために、ロシアのイラストレーターであるビリビンの版画を参考にしたり、背景画もラフをなぞるのではなく、それをもとに描き起こしたものを画用紙にコピーし、鉛筆の線を残しながら色をつける手法を試したという。すでにお気づきの人も多いかと思うが、これは高畑が『かぐや姫の物語』(2013年)で追求し、実現させたことだ。
さらに、この『ピッピ』は、いま、ひとつの作品を生み出すきっかけをつくっている。それは、宮崎駿の息子である吾朗が監督を務め、現在、NHKでアニメ化されている『山賊の娘ローニャ』である。
じつは『山賊の娘ローニャ』も、リンドグレーン原作の作品。数年前、リンドグレーンの著作権継承者側から、あらためて『ピッピ』をつくらないかと打診されたのだそう。すでにつくり込まれていた『ピッピ』がまた動き出すかと思い、期待が膨らんだが、宮崎をはじめとする3人は、その申し出を断ってしまう。その理由を、宮崎は「26年遅かった……」、高畑も「自分がやりたいとは思っていないことは確か」と語り、小田部も「いま作れと言われても、あのころのようなエネルギーを出せるとは限らないし、熱気なしに作品を作っても、僕は意味がないと思うんです」と答えている。
遅すぎる……。このように宮崎は『ピッピ』については諦めつつも、一方で「ただ、『ローニャ』は……」と語っていた。そんな宮崎の思いは、リンドグレーンの著作権継承者である孫たちと吾郎により、いま、世代を超えて受け継がれた……というわけだ。
先のアカデミー賞受賞時の会見では、「もう大きなものは無理だが、小さいものでチャンスがあるときはやっていこうと思う。あまりリタイアとか声に出さず、やれることをやっていこうと思う」と述べていた宮崎。『ピッピ』はまぼろしとなってしまったが、今後、ふたたび彼らが“熱気”を生み出せる作品に巡り合えることはあるのだろうか。本サイトでは、以前、ジブリの次回作は『まぼろしの白馬』『飛ぶ教室』『みどりのゆび』『ぼくらはわんぱく5人組』のいずれかという予想をしたが、その行く末も合わせて、注目していきたい。
(島原らん)
最終更新:2015.01.19 04:30