宮内庁HPより
高市首相が皇室典範改正に前のめりになる中、安定した皇位継承、皇族数の確保策をめぐり、旧宮家の男系男子を養子として迎える案がにわかに現実味を帯びてきた。野党第一党である中道改革連合がこの案を容認する方針を示し、それを受け今月15日には衆参両院の正副議長が与野党の代表を衆院議長公邸に集め、皇族数確保策を検討する「全体会議」を開催。森英介衆院議長が今国会での成立を目指す意向を表明したのだ。
“明治天皇の玄孫”として知られる竹田恒泰氏は、旧宮家の養子案について「私が発案したもの」「法案書いたのは私」「私の法案が今通ろうとしてる」などとYouTubeで発言し顰蹙を買っているが、発案したのが竹田氏であろうとなかろうとこんな案が通っていいはずがない。
政府の有識者会議は2021年に、「女性皇族が結婚後も皇族の身分を保つ」案と、「旧宮家の男系男子の子孫を養子として皇族に迎える」案の2案を示していたが、旧宮家の養子案には、「憲法が定める法の下の平等に反する」「人為的な皇位継承」「80年以上一般人として生活してきた遠縁の人を皇族とすることに国民の理解を得るのは難しい」など多くの批判が寄せられてきた。
そもそも反民主主義的・非人道的な皇室制度を、出自や性別で線引きする差別的な方法で、無理やり延命させようということがグロテスク極まりないのは言うまでもない。しかも、旧宮家を皇族に迎えるということは、“旧宮家の権威”を復活させることになる。日本の歴史では皇室の権威がさまざまな時代を通じて利用されてきたが、戦後に旧宮家が廃止され皇籍離脱したのちも、“旧宮家の権威”を悪用した事件が数々起きている。
以下に、本サイトが2015年に掲載した旧宮家をめぐる数々のトラブルやトンデモ事件を紹介した記事を一部編集して再録する。「旧宮家の男系男子を養子として皇族に迎える」という案を本当に成立させていいのか。ご一読いただき、考えてほしい。
(編集部)
●新興宗教の教祖になろうとした東久邇宮家、不渡手形を乱発し告訴された東伏見宮家
2015年、明治天皇の玄孫に当たる竹田恒昭被告が、大麻所持の疑いで現行犯逮捕されていたとのニュースが報道された。この竹田という苗字でピンとくる人も多いと思うが、竹田恒昭被告は日本オリンピック委員会(JOC)竹田恆和会長の甥で、ネトウヨのアイドル・竹田恒泰氏の従兄弟にあたる。
旧皇族・竹田宮家をルーツにもつ男が、まさかの大麻取締法違反容疑で逮捕され世間に衝撃が流れた。
しかし、旧皇族・旧宮家の人間にスキャンダルが流れるのは決して珍しいことではない。歴史を紐解くと、今回のような個人的な犯罪だけでなく、“旧宮家の権威”を使った事件やトラブルが頻繁に起きている。
その前に、“旧皇族”“旧宮家”とは何かを、簡潔に解説しておこう。
“旧皇族”“旧宮家”とは、戦後GHQにより特権を享受している宮家の縮小を求められ皇籍離脱した11宮家のこと。これにより1947年、秩父宮、高松宮、三笠宮のみを宮家に残し、山階宮、賀陽宮、久邇宮、梨本宮、朝香宮、東久邇宮、竹田宮、北白川宮、伏見宮、閑院宮、東伏見宮の11宮家51人が一般人となっている。
彼らは皇籍離脱し、自分の食い扶持を自分で稼がなければならなくなったわけだが、多くの旧宮家はこれまで同様の華美な生活を維持するために、大量の資産を元手に商売を始める。その過程で怪しげな人物に騙される人が後を絶たなかった。
牧場経営や菊の紋章を入れた“久邇香水”の製造販売、ダンスホール経営などに手を出し失敗した久邇宮家。そして、禅宗の僧を名乗る人物にカモにされ食料品店、喫茶店、骨董屋を開きすべて潰した東久邇宮家。東久邇稔彦にいたっては、最終的に、“ひがしくに教”なる新興宗教の教祖に祭り上げられるも、元皇族が宗教を興すのには問題があるとして宗教法人として認められず解散する騒動まで起こしている。
そんな戦後と皇籍離脱のゴタゴタのなか起きたのが、東伏見宮家の150万円詐欺事件だ。「真相」(人民社)1949年8月号には、観光事業に手を出すも放漫経営により資産を食い潰し、明治時代にジョージ5世の戴冠式で使用した王冠を売りに出すことになった経緯や、不渡手形を濫発し告訴された事実が記されている。