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“優生思想”政党・維新の馬場幹事長がれいわ舩後議員の「生きる権利」発言を「旗振り役が議論封じ」と否定! 松井市長もトンデモ論理を

 松井代表は30日、「僕は舩後議員に賛同する。非常に問題がある」と記者団に語り、馬場幹事長に苦言を呈したと報じられている。しかし松井市長は、実は同じ30日の会見でこんなことを発言ているのだ。

「舩後さんも生きる価値を見出しながらやられてる。両方あるわけです。舩後さんの声明文は全面的に同意できる。でも違う人もいるでしょ、ということを僕は議論したい」
「舩後さんの書いた意見表明の文書は、当事者として、まさに生きる権利、というか、生きやすい世界と。でも、生きやすいかどうかは、一人ひとり違うことでしょ、感性の話なんだから。感じ方なんで、その患者さんで。生きやすいかどうか。もちろん舩後さんは、生きやすい世界を目指してる。でも、どうしても、生きやすいかいうのは、個人の感性・感情の話なんでね。捉え方なんで、感じ方なんで。でも、そこも含めて、僕はきちっと議論をしていくべきだとそう思っています」

「生きやすい社会」を単に個人の感性や感情の問題と切って捨て、生きる価値を見出せない人もいるから、尊厳死を議論すべきだというのである。

 また議論が必要な根拠として、老老介護の末のパートナーによる殺人事件や、自分の世代は親の介護に直面し胃ろうをどうするか迷っているなどという例を持ち出す。老老介護の問題は福祉制度で解決すべき問題だし、よくある胃ろうをめぐる話も健常者が単なるイメージで語っているだけで胃ろうとQOLを両立させることは決して不可能なことではない。そもそも尊厳死というのは、本人の自己決定が大前提の議論のはずだが、松井代表が出してきた例は、介護する側の負担や家族の目線の話ばかりで、尊厳死の話ですらない。

 馬場幹事長にしても、松井代表にしても、「尊厳死」の名を借りて、「命の選別」をしたいだけというのは、もはや明らかだろう。

 グロテスクな優生思想をここまでむき出しにするとは驚きだが、しかし、こうした「命の選別」思想は、維新の本音にほかならない。維新の底流に、橋下徹元大阪市長から連綿と続く、人間を経済効率でしか見ない、新自由主義的な弱肉強食思想があること。高齢者や障害者、生活困窮者にかかる医療や福祉の費用を、いかに社会資源の無駄と考えているか。本サイトでは、こうした維新の本質について、検証した記事を先日配信した.

 以下に再録するので、ご一読いただきたい。この党にだけは尊厳死の議論などさせてはならないことがよくわかるはずだ。
(編集部)

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