『主戦場』の上映中止問題を受けて「抗議として作品を取り下げる」「予定通り上映をする」という判断こそ割れているが、意見を表明した監督や映画関係者らに共通するのは、行政からの影響で表現の送り手自らが「表現の自由」を萎縮させていることへの強い危機感だ。
とりわけ是枝監督が言うように、共催者である川崎市は、本来、“訴訟リスク”に「懸念」を示して上映中止へ向かわせるのではなく、「しんゆり映画祭」が決めた『主戦場』の上映を最大限に尊重し、一緒になってその対策を講ずる立場にあったはずだ。
しかも、『主戦場』の上映中止に関して、市側が映画祭側がに伝えたという「裁判を起こされているものを上映するのはどうか」という「懸念」、つまり“訴訟リスク”の話と、映画祭側が理由づけした「安全面での不安」には、明らかに乖離がある。
「しんゆり映画祭」側は、本サイトの取材に対する事務局のコメントとして、また、27日に映画祭ホームページに中山周治代表の名義で公開した「『主戦場』上映見送りについて」との文書のなかで、「安全の確保や迷惑行為などへの対策が十分にできないこと」を理由としてあげた。だが、『主戦場』の配給会社「東風」によると、4月の封切り以降、全国50館以上の劇場で公開されてきたが大きな混乱は一度もなかった。また、「東風」から映画祭側へ、混乱を避けるためにノウハウを伝えるなどできる限りの協力をするとも伝えていたという。だとすれば、全くつじつまが合わないだろう。
昨日10月30日には、映画祭の会場である「川崎市アートセンター」で、「しんゆり映画祭で表現の自由を問う」と題したオープンマイクイベントが映画祭の主催で“緊急開催”された。「しんゆり映画祭」の中山代表と事務局担当者、呼びかけ人となった『沈没家族 劇場版』の配給会社「ノンデライコ」の大澤一生代表、映画祭での上映作品『ある精肉店のはなし』の纐纈あや監督が中心となり、自由参加の来場者を含めたフリー形式のディベートが行われた。市側の担当者にもオープンマイクイベントへの来場をオファーしたというが姿を見せなかった。
会場には、一般参加者として『主戦場』のミキ・デザキ監督も駆けつけた。デザキ監督は中山代表ら主催者に対して「現実にはあなたの行動は、嫌がらせや脅迫みたいなものに降参したかたちになった」と指摘。「降参したという行動は、日本の表現の自由にとっての打撃だ。今後、だんだん言論の自由がなくなってしまう。このことは一つの小さな争いであったとしても、それに負けてしまったら、日本の表現の自由自身が大変な問題になると思う」と語った。
イベントでは、『主戦場』の上映素材を持参した「東風」の木下繁貴代表が、涙ながらに中止撤回を訴える場面もあった。会場は拍手に包まれ、一般の来場者だけでなく、映画祭の複数ボランティアスタッフからも期間中の『主戦場』の上映を求める声が相次いだが、中山代表は「自分だけでは決められない」「期間に間に合うかわからない」などとして判断を保留。押し問答のような形となった。一部のスタッフからは、思わず声を大きくする一部の来場者に対し「圧力を感じる」という趣旨の発言も出るなど、紛糾のなか、予定時間を大幅に過ぎて終了した。最後まで、中山代表から『主戦場』の上映を約束する言葉は聞くことができなかった。