こうした作家の怒りと嫌悪感は当然だろう。ネットではネトウヨや冷笑系新自由主義者の“出版もビジネスなのだから、売れない作家は切り捨てて当然”などという暴論が飛びかっているが、出版はビジネスと同時に社会共有の文化的財産であり、そのベースには、売れ行きが全てではなく、少部数の書物が誰も知らない新しい文化や価値を創造したり、人を救うきっかけになりうるという考え方がある。大衆的なベストセラーだけでなく、思想を更新させる難解な書物から、めったに売れないマニア向けの本、少部数の専門書まで、多様な本が出版されていることが、書店や図書館に人々の足を運ばせ、この社会の多様性や民主主義を担保してきたのだ。それを、出版社の社長が「こいつは売れない作家だ」とばかりに部数を晒しあげるなんていうのは、出版人の風上にもおけない行為である。
しかし、幻冬舎という出版社には、見城氏と同じ思想の持ち主がごろごろいるようだ。見城社長のお気に入りで、ホリエモン、落合陽一、田端信太郎などの著書を手がける同社の名物編集者・箕輪厚介氏も今回の騒動で、グロテスクな売れ行き至上主義を見せつけた。
幻冬舎からの文庫化がなくなった津原氏の『ヒッキーヒッキーシェイク』の文庫版は6月に早川書房から出版されることになり、その担当編集者であり「SFマガジン」編集長などとして有名な塩澤快浩氏が〈というわけで、僕の文芸編集者としての矜持をこめて、津原泰水『ヒッキーヒッキーシェイク』文庫版には、次のようなコピーをつけさせていただくことにしました。「この本が売れなかったら、私は編集者を辞めます。早川書房 塩澤快浩」。よろしくお願いします〉というツイートしたのだが、箕輪氏はなんと、このツイートを〈なんだそれ。笑 祈ってないで届けるための方法を死ぬ気で考えて必死で実行すればいいのに〉と嘲笑したのだ。
早川書房の担当者は「矜持を込めて」と言っているだけで「祈っている」などと一行も書いていないが(そのため、ネットでは箕輪氏は「矜持」という言葉の意味を知らなかったのではないかという疑惑も持ち上がっている)、それはともかく、おそらく見城氏がワンマン支配する幻冬舎は、こういう人間が重用される組織になっているのだろう。
なんとも暗澹とさせられる状況だが、しかし、今回の問題はたんに一出版社を売れ行き至上主義が浸食したという話ではない。もっと重大なのは、その売れ行き至上主義と、出版社の生命線である「表現の自由」を平気で抑圧する圧力体質がセットになっていることだ。