稀勢の里が歪なナショナリズムのアイコンとしてかつがれたのは、土俵上だけではない。ネトウヨや右派メディアは、リアルに政治的な主張のために稀勢の里を利用していた。
たとえば、年間最多勝を上げ横綱昇進の期待が高まっていた2016年11月「サンケイスポーツ」(2016年11月25日付)は稀勢の里が父親から百田尚樹の小説『カエルの楽園』を贈られたという話を紹介。こんな信じられない解説を掲載した。
〈とくに「カエル-」は侵略によって国を失ったアマガエルが世界を放浪しながら「カエルを信じろ、カエルと争うな、争う力を持つな」と「三戒」の堅守にこだわるツチガエルの言動に疑問を抱く様子も描かれている。それは、モンゴル勢を中心とする外国出身力士が席巻する勢力図のなかで、あらがわなければならない国内出身力士の立場に置き換えることもできる〉
憲法改正のプロパガンダ小説『カエルの楽園』が描くご都合主義的世界観を、相撲界にあてはめるというのも信じられないが、それ以前に、同作品は、ツチガエルを侵略するウシガエルのことをあらゆるものを飲み込む気持ちの悪い殺戮者として描いている。サンスポは、モンゴル勢をこのウシガエルに置き換えており、その解釈自体がヘイトそのものというしかない。
しかも、この稀勢の里の政治利用には、百田尚樹本人も乗っかってきた。その翌2017年横綱に昇進が決まった直後の1月24日、今度は共同通信が稀勢の里の2014年初場所当時のエピソードとして、「池井戸潤や百田尚樹ら人気作家の小説」を読んでいたことを紹介すると、こんなツイートを投稿したのだ。
〈今日の「京都新聞」などに、「稀勢の里が、心が折れそうになったとき、百田さんの本を読んで頑張った」と言っていたという記事が載っていたらしい。
私の本が稀勢の里に力を込めて与えたと思うと、めちゃくちゃ嬉しい!〉
〈ネット検索したら、稀勢の里は去年の九州場所では『カエルの楽園』を読んでいたようですね。意外です(^^;今回、心が折れそうになったときに読んでいたのも『カエルの楽園』なのかな。)
さらに、ネットでは、ネトウヨも〈稀勢の里関は『カエルの楽園』を読まれて支那国と本気で戦う勇気を与えられたと思います。その結果稀勢の里関のパワーアップに繋がったのでは⁉〉〈『カエルの楽園』を読んだ稀勢の里は、対戦相手をみんなデイブレイク(引用者註:朝日新聞のこと)だと思って突進したんだと思う〉などと、無茶苦茶な解釈をして、稀勢の里を自勝手に分たちのヘイト思想、歴史修正主義の象徴にまつりあげはじめた。
実際は、稀勢の里が心が折れそうになって百田や池井戸潤の小説を読んだのは2014年初場所休場の後。『カエルの楽園』は2016年2月の出版だから、そもそも心が折れた当時の稀勢の里が読んでいるはずがないのだが(というか、『カエルの楽園』が折れた心を勇気づけるなんてありえないと思うのだが)、百田やネトウヨは、我田引水の解釈でまんまと政治利用してしまったのである。