日本相撲協会公式HPより
横綱の稀勢の里引退発表が大きなニュースになっている。しかし、暗澹とさせられるのは、それを取り上げているワイドショーやニュース番組のトーンだ。「唯一の日本人横綱が引退」「日本出身横綱が消滅」「19年ぶりの日本出身横綱だった」「モンゴル勢相手に孤軍奮闘してきた」などと、とにかく「日本人」を強調する報道ばかりがあふれかえっている。
結局、稀勢の里は最後まで、相撲界を覆うグロテスクなナショナリズムと純血主義のアイコンにさせられ続けたということなのか。
周知のように、近年、相撲界では、モンゴル力士の活躍の反動から、ファンやメディアが異常な「日本人力士への肩入れ」を見せるようになっている。モンゴルはじめ外国出身力士を「礼儀を知らない悪役」と位置づけ、それに立ち向かう「日本人力士」を礼儀正しい正義のヒーローに仕立てる。そんな報道と声援が、大相撲を覆い尽くしているのだ。
この歪なナショナリズムと大相撲ブームの相関関係を指摘したのが、相撲ファンとしても知られる作家の星野智幸氏だった。(「現代ビジネスオンライン」2017年1月13日「日本スゴイ」ブームの極み、大相撲人気に覚える“ある違和感”))。
〈場所中の国技館などに足を運べば、このブームの原動力を肌で理解できる。
声援の多寡を決めるのは、「日本人力士」であるかどうかなのだ。この傾向は3年ぐらい前から目につくようになり、2016年にことさら強まった。〉
星野氏は館内中が力士の名を呼んで手拍子を打つ、バレーの日本代表戦などの「日本チャチャチャ」によく似た応援が広まったことを取り上げ、こう指摘した。
〈この手拍子は、モンゴル人力士に対してはまず起こらないのだ。「日本出身」の人気力士か、モンゴルの横綱と対戦する日本の大関陣に対してのみ、起こる。〉
〈これらの現象を見てわかることは、大相撲はまさに「日本スゴイ」を感じるために、人気が急上昇したということである。「日本人」のスゴさを感じられそうな力士を応援し、日本を応援する集団と一体に溶け合って陶酔したいのだろう。〉(前同)
古くからの相撲ファンならではの説得力ある指摘だったが、実は、この「日本スゴイ」エンタメと化した大相撲の象徴が「日本人力士として孤軍奮闘、モンゴル人力士に立ち向かう」稀勢の里だった。
象徴的なのが、2013年の大相撲九州場所で起きた“事件”だった。当時まだ大関だった稀勢の里と白鵬との取り組みで、稀勢の里が勝利をおさめると、会場のファンからバンザイコールが起きたのである。
このグロテスクな光景に、やはり古くからの相撲ファンとして知られるデーモン小暮閣下は、『クローズアップ現代+』(NHK)出演の際、このときのファンの振る舞いについて、「北の湖がいくら強かったからといって、負けてバンザイは出ませんでしたよ。イチロー選手がメジャーリーグでなにかやったときにブーイングが起きたら悲しいですよね? そういうことを思って相撲を見ていかなければいけないんじゃないかなと」と苦言を呈していたが、正論と言っていいだろう。
しかし、稀勢の里が2017年に横綱に昇進し、大相撲の新たなスターとして祭り上げられると、この状況はさらに悪化していく。
もともとこの“日本人力士・稀勢の里”への熱狂的応援は排外主義と表裏一体のものだったが、もっと直接的な外国人力士(特にモンゴル出身の力士)へのヘイトまでとびかうようになってしまったのだ。