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橋下徹、ビートたけしらの安田さんバッシングが無知まるだし! 新自由主義がジャーナリズムを殺す

 だが、彼らはそうした想像力すら持ち合わせていないらしい。ビートたけしの“商売論”もその典型だろう。

 だいたい、命を賭して紛争地に赴くフリージャーナリストや戦場カメラマンによる報道は、世界中の人々の知る権利に応える貴重なものであり、リスクも大きいにもかかわらず、どれだけ割に合わないものなのかは、その世界を知る者にとっては常識だ。関係者の間では「コンビニでバイトしたほうが儲かる」と言われるほどで、そのほとんどがメディア企業からのサポートもなく、事前の情報収集から現地入り後の危機管理もほとんど自己負担で、帰国後、メディアに映像や写真などを買ってもらえれば収入になるという状況だ。しかも、日本では、国際ニュースに無関心な傾向にあり、その対価はそのリスクから考えれば微々たるものだ。

 繰り返すが、こうした報道は極めて公益性の高いものであり、その価値は利益や商業的価値だけで測れるものではない。たとえば、北野武監督の映画が単に興行収入、金儲けだけでその価値が決まるとしたら、その作品の多くが失敗ということになる。そもそもジャーナリズムに利益主義や成果主義を持ち込むことが間違いなのだ。

 だが、こうしたジャーナリズムにおける利益至上主義や成果主義は、メディア自身のなかにも蔓延している問題でもある。前述したフィフィの“優秀なジャーナリストなら大手メディアが雇え”という発言がいみじくもその問題を浮かび上がらせているのだが、日本において危険な戦場や紛争地に行くジャーナリストのほとんどがフリーだということだ。この実情について、元共同通信記者でジャーナリストの青木理氏がこう語る。

「大手メディアは社員を危険地域には行かせません。これはかなり以前からですね。ベトナム戦争のときなども、組織メディアが入らない危険な地帯に沢田教一や一ノ瀬泰造といったカメラマンたちが入り、それをサイゴンにいる大手メディア記者にフィルムを渡し、使えるコマだけ切って、いくばくかのギャラをもらって、『お疲れ様』です。もちろんいまはもっと徹底していて、たとえば福島の原発事故のときも、多くの社が周辺からの退避を促したほど。会社としては社員の命と健康を守るという論理で組合も同じ。社員になにかあれば賠償金も払わないといけないしね。一方、フリーなら雇用関係になく、万が一死んだとしても会社に賠償責任はありませんから」

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