有働アナはNHKを退職する際に「今後は有働由美子というジャーナリストとして活動したい」と宣言、同じNHK出身の池上彰から「そんな簡単にジャーナリストなんて自称してほしくない」と苦言を呈されたことがある。有働は朝日新聞のインタビューで、その反論と受け取れるようなことを語っていた。
「男性社会のジャーナリストって『シリアに行きましたか?』『警察取材の経験はありますか?』みたいなイメージで問いかけてくる感じがする。でも『こうじゃないとジャーナリストじゃない』というのは違うと思います。自分の中では肩書に対して重さや気負いはありません。不妊治療やセックスレスとかを掘り下げるのだってジャーナリスティックでしょう?」(朝日新聞7月22日)
たしかに、戦争や事件だけじゃなく、女性や家族の問題を掘り下げることもジャーナリスティックだというのは一理ある。トランスジェンダーを公表している日テレ社員・谷生俊美氏や「男性学」を専門とする社会学者・田中俊之氏といったゲストコメンテーターの人選にもそうした問題意識は垣間見える。でも、だったらなぜ杉田水脈の「生産性」発言に何も言えず、あまつさえフォローまでしてしまうのか。
新生『zero』の批判としてワイドショー化というのをよく見かけるが、杉田水脈問題にしても片山さつき口利き問題にしてもワイドショーのほうがよほどど突っ込んだ報道をしているし、有働より経験の少ない民放の女子アナたちだってこんなヘタレじゃない。『直撃 LIVE グッディ!』のミタパンこと三田友梨佳アナや『モーニングショー』(テレビ朝日)宇賀なつみアナのほうが、もっと踏み込んだ発言をしている。
ようは扱うジャンルの問題ではない。有働由美子にはそもそも、ジャーナリストとしての資質が決定的に欠けているのではないか。『zero』はいま、ニュースの数を増やすなど多少改善を試みているようだが、有働アナの姿勢を根本的にあらためない限り、“ニュース番組のふりをしたかわいい有働さんを愛でる番組”から脱却できることはないだろう。
(編集部)
最終更新:2018.10.29 12:58