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桂春蝶は本業の落語でも特攻美化の創作落語を上演! 一方、二代目林家三平は対照的な戦争へのアプローチ

 こうした林家三平の戦争への視点には、先代の三平の戦争体験も影響しているのかもしれない。

 9歳のときに父と死別しているため、先代の三平から直接戦争の話を聞いたことはほとんどないそうだが、実は、初代林家三平は本土決戦部隊として徴兵され、千葉の九十九里浜に配属された過去をもっている。アメリカ軍が上陸した際、爆弾を抱えて戦車に突撃していく「肉弾特攻」のための兵士として訓練を受けていたのだ。もしも戦争が長期化していたら、この戦いで犠牲となっていたかもしれない。

 初代林家三平の本名は海老名栄三郎というが、彼は戦後に「栄三郎」から「泰一郎」に改名している。二代目林家三平は2015年9月に放送された『昭和の爆笑王林家三平 いま明かされる戦争秘話』(BS朝日)の取材で九十九里浜を訪れ、彼自身もかつて父が行っていたように、砂浜掘った穴に籠って波の音しか聞こえない真っ暗な闇に耐える訓練を行ったという。そこで彼は、父が復員後に名前を変えた理由を悟った。「週刊現代」(講談社)17年1月14日・21日合併号ではこのように語っている。

「波の音しか聞こえない真っ暗闇の中、死の恐怖にじっと耐える父の体験を追想してみました。そこでわかったのは、海老名栄三郎という男は一度死んだということ。復員後、父は名前を栄三郎から泰一郎に改めていますが、この体験と無縁ではなかったと思います」

 そして、このときの体験と「心の戦死」は、後に「昭和の爆笑王」として名を馳せる父の破天荒な芸風をかたちづくったのではないかと語っている。

「戦後の日本で、生まれ変わった自分がどう生きるか。その答えとして、世の中は古典落語だけでなく弾けた笑いを求めていると父は考え、そこに突出させた芸に突き進もうと舵を切ったのだと思います」(前掲「週刊現代」より)

 いずれにしても、こうした三平の言葉を聞けば聞くほど、桂春蝶との差が浮き彫りになってくる。

 国策落語の戦意高揚とリアリティのなさをあえて前面に出すことで、逆説的に戦争のリアリティに迫ろうとしている二代目林家三平。リアリティのない特攻英雄譚をつくりだして「特攻隊員の精神は崇高なもの」などと語っている三代目桂春蝶。いったいどちらが戦争というものを深く考えているのか、答えは明らかだろう。

最終更新:2018.03.06 09:32

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