以上の通り、学校における性教育の充実は、市民の命と健康を守るために急務なのだが、肝心の教育現場はむしろ逆行しているのが実情だ。『こんなに違う! 世界の性教育』(メディアファクトリー新書)のなかで、教育学者の橋本紀子氏は日本における性教育についてこのように指摘している。
〈日本では02年以降、学校の性教育に対する保守派の「性教育バッシング」が起きており、性教育の内容に対する厳しい抑圧と規制が強まっています。ちなみに、性教育バッシング派は、性器の名称を小学校低学年で教えること、性交と避妊法を小・中学校で教えることなども「過激性教育」として攻撃しています。
こうした「性教育バッシング」を反映してか、新しい文部科学省学習指導要領でも、小学校はもちろん、中学校でも性交や避妊法について取り上げていません。コンドームこそ登場するものの、それはあくまで性感染症予防の手段としてのみの紹介です。〉
こういった状況であれば必然的に性教育に割かれる授業時間も少ない。フィンランドでは年間17時間もの時間が性教育にあてられているのに対し、日本の中学において性教育に割かれる授業時間は、年間平均でわずか3時間ほどだ。
また、授業時間だけなく、授業の質においても、日本の性教育は問題を抱えている。日本で性教育は、「保健体育」というかたちで、雨で校庭が使えない日などに、特に専門知識があるわけでもない体育教師が行うことが多いが、ヨーロッパ諸国では「理科」や「生物」の時間に性教育の授業が行われることが多い。
たとえば、フィンランドでは「生物」と「健康教育」の時間に性教育が行われる。「生物」の時間には生殖や遺伝の仕組みなどについて教えられ、「健康教育」の時間には性感染症の感染経路や治療方法について詳しく解説されたり、さらに、セクシャルマイノリティの問題にも触れ、多様な価値観を理解し受け入れることの大切さが説かれるなどしている。
その一方、日本ではどうか。前掲『こんなに違う! 世界の性教育』ではこのように解説されている。
〈小学校理科の学習指導要領では、「受精に至る過程は取り扱わないものとする」と定められており、2002年頃からバッシングが始まりました。そのため、性交については、現在では一切教えることができなくなっています。仕方なく、ほ乳類の交尾を教えることで、子どもたちに類推させる工夫もされているのですが、実際に授業を受けた子どもたちの感想によると、「ヒトの精子と卵子がどのようにして受精に至るのか、よくわからなかった」などの疑問が出されているようです。〉