つまり、安倍首相の指示のもと、官邸スタッフが積極的に極右陣営に「おことば」の内容を報告していたのだ。ここには、国民が圧倒的に天皇の生前退位を支持する状況下で、カウンター的に“反対論”を流すことで、世論の操縦桿を握って欲しいという官邸側の企図があったとみられる。実際、首相周辺は直前まで“退位自体に反対”でなんとか押しきろうとしていたとの説や、生前退位を憲法改正の議論にすり替えようと画策した形跡もある。
しかし、「おことば」を聞いた国民は、政府の想定よりもはるかに今上天皇に同情的であった。昭和史の研究で知られる保坂正康氏はこれを「平成の玉音放送」と呼んだが、実際、戦後日本(とりわけ平成以降)にとって受動的に“ただそこにある”ものだった象徴天皇という存在、あるいは天皇・皇室制度そのものの根幹を、当事者である今上天皇が直接国民に問いかけた、その意味は、安倍が考えているよりもはるかに重いものだったのだ。
焦った安倍政権は、露骨かつ強引な対抗手段に出た。宮内庁の風岡典之長官を更迭し、天皇側に強くプレッシャーを与えると同時に、安倍が設けた有識者会議には容易に政権の意向に従うメンツを揃えた。事実、座長代理の御厨貴・東大名誉教授は、昨年末の東京新聞のインタビューで「十月の有識者会議発足の前後で、政府から特別法でという方針は出ていた。政府の会議に呼ばれることは、基本的にはその方向で議論を進めるのだと、個人的には思っていた」と吐露している。そして、有識者会議のヒアリング対象者には、前述の八木秀次氏をはじめ、渡部昇一氏や平川祐弘氏、櫻井よしこ氏など、実に16人中7人も日本会議に関連する人々をねじ込んだ。生前退位や特別法の賛否を拮抗させ、天皇側についた国民世論を“中和”させるためだ。案の定、“反対派”陣営のヒアリング対象者たちは、次々と今上天皇に牙を向いた。
「ご自分で定義された天皇の役割、拡大された役割を絶対的条件にして、それを果たせないから退位したいというのは、ちょっとおかしいのではないか」(平川氏、ヒアリング後の囲み会見)
「(天皇が)外へ出ようが出まいがそれは一向構わないことであるということを、あまりにも熱心に国民の前で姿を見せようとなさってらっしゃる天皇陛下の有難い御厚意を、そうまでなさらなくても天皇陛下としての任務を怠ることにはなりませんよと申し上げる方がいらっしゃるべきだった」
「安倍内閣が皇室会議などで意見をまとめられまして、天皇陛下に、『今、天皇陛下がおっしゃったことは有り難過ぎることなのですと、そこまでお考えにならなくても結構ですよ』と言われて、『ああそうか』と言ってもらえば全て済む話です」(渡部氏、ヒアリング議事録)