もちろん、バッキーのようなケースはあくまでレアケースであり、このような凄惨な被害が頻繁に起こっているわけではない。ただ、現場での段取り不足などが原因の事故などは絶えず起きているという事実もまた否定できない。『モザイクの向こう側』でも、キャットファイトのような女性同士が格闘する撮影で出演者が骨折する事故が起きたり、妊婦が女優を務める撮影でハードな内容が災いして死亡事故が起きたりといった深刻な事例が紹介されている。
本書の取材に応えているAV男優歴27年のベテランAV男優である田淵正浩氏もこのように証言する。
「今はバッキーのようなメーカーはないと思います。ですが、僕が付き合いのあるメーカーは、20〜30社です。審査団体に加盟しているのは、260社ぐらいあるので、残りの200社以上のメーカーの実態はよく分からないというのが正直なところですね」
先日、当サイトでは、業界の自主的な問題解決を呼びかけ「表現者ネットワーク(AVAN)」を立ち上げた川奈まり子氏をインタビューしたが、その川奈氏も現在AVメーカーの8割以上が加盟する団体、NPO法人知的財産振興協会(IPPA)の枠から外れる、いわゆる「無審査AV」といわれる作品の現場には、現在特にプロダクションに所属していないフリーのAV女優たちが進出しており、そこではひどい人権侵害が起き始めていることへの危惧を語っていた。AV業界を健全化させるためには、やはり安易に「強要被害などない」と断じてしまうことには大変な危険が伴う。
今年の春に強要被害が問題化したことで、現在AV業界では撮影内容に関する萎縮が起き始めている。強要問題に直接つながりかねない「ドッキリ」系の撮影、陵辱系の撮影、「本番中出し」系の作品、素人が参加する「ファン感謝祭」系作品、特に、今年7月にはキャンプ場でAV撮影を行ったとして公然わいせつなどの疑いで出演者が書類送検される事件が起きているため(結局、不起訴処分に終わった)、野外露出系作品にはなかでも強い警戒感をもっており、一度発売された作品も有料動画サイトでは配信停止になるなどしている。
ただ、もしも、これまで挙げてきたような問題が社会的な議論とならなかったとしても、いずれにせよ、遅かれ早かれAV業界は大きな変革を遂げなければならなかった。というのも、周知の通り、現在のAV業界は下げ止まらない売り上げ減少の影響で、ジリ貧の状況にあるからだ。
10年前は業界全体で年間リリースは約1万タイトルだったのに対し、現在では2万5000タイトル以上に増加。しかし、それでも総売上は20%ダウンになっていると井川氏は説明する。
少子高齢化や、若者の性への好奇心が薄れたなど、色々と原因はあるだろうが、なんといっても一番の原因は、作品の一部が切り取られて違法動画サイトにアップロードされていることだろう。
前述の通り、現在AV業界では表現内容に関する再考が求められている。今後も、特に出演者の身に危険をおよぼすような暴力的な内容の撮影は安全性が担保されない限りNGが出るであろうし、そうでなければならないだろう。
そういった状況下で、AV黎明期から業界に携わり続けたV&Rプランニングの元代表取締役・安達かおる氏は、単純な表現規制に関しては否定しながらも、そういった状況を逆手に取るべきだと井川氏の取材に応えている。