「人と人だからさ。何回か通ってくれれば、いろんな会話をするし、情も通うし。でも、そういう誤解は女の側にもあるからね。男はやればいいと思い込んでいる。そういう女は馴染みを作ろうなんて思わないから、この仕事の面白さに気づかない」
「いろんな人がいて、いろんな話を聞いて、相手のこともだんだんわかるようになってくる。それが楽しい」
彼女の馴染みの客のなかには、驚くべきことに20年以上も通い続けてくれている70代の人もいるそうだ。
「あっちもこっちも歳をとって、前は毎週来てくれていたのが月に一回になったり、しばらく来れなくなったりするけど、もうその人たちとは他人じゃないよね」
「七十代の客もちゃんとやっていくよ。“ここ、行くぞ”“ここ、行くぞ”って言ってイクんだよ、その人は(笑)」
夜の街に何十年と立ち続けるには、それ相応に強くなければならないし、否が応でも強くならざるを得ない。この札幌の路上に立つ女性は、なんと、おとり捜査をした警察を相手取り、最高裁まで闘ったこともあるのだと言う。
「本当は“おねえちゃん、なんかいいことない?”って声をあちらからかけちゃいけないんだよ。おとり捜査だから。今は生活安全課だけど、その当時は保安課と言って、その保安課の一番偉いのが、若いのを二人連れてきて、“オレのやり方を見てろ”ってなもんでさ。なんとか捕まえたかったわけよ」
「でも、みんなわかるわけよ。怪しいって。誰も声をかけてこないから、焦って自分から声をかけたんだろうね。それでは捕まらないと思っているから、こっちは値段もホテルも言ったら、“警察だ”って言うわけよ」
この捜査のやり方に疑問をもった彼女は最高裁まで争う。結局は、売春目的で客待ちをしていたこと自体が売春防止法第五条違反とされ、罰金6000円で刑が確定するのだが、おとなしく泣き寝入りぜずに徹底的に闘い続けたその姿勢は、組織に頼らず、ひとり街に立って生き続けてきた強さとつながっている気がする。
『闇の女たち』におさめられたインタビューのなかには、数年前すでに松沢氏のメルマガなどに掲載されているものもある。なので、改めて書籍におさめる確認をとると同時に、掲載料を払おうと思い、何人かに再度コンタクトをとろうとしたが、もう誰一人として会うことはできなかったと松沢氏は言う。
日本人の街娼たちはこうして消滅しようとしている。本書に掲載された証言は遠くない未来、かつて日本に存在した人々を記録した資料として貴重なものとなるのかもしれない。
(田中 教)
最終更新:2018.10.18 01:56