どんな極貧生活を送っていたとしても、「ファンからの声援」という、承認欲求を満たしてくれるものが最大の「報酬」となる。それを世間では「やりがい搾取」と呼ぶのだが、古今東西、「芸能」とは「有名になりたい」「オーディエンスからの熱狂に包まれたい」というのが、役者・ミュージシャンを動かす最大のモチベーションとなってきたはずで、姫乃の語るその仕組みは昔から変わらぬものだったのかもしれない。ただ、彼女はここで「承認欲求」をめぐり、もうひとつ興味深い論を投げる。
地下アイドルの現場において、「承認欲求」を満たされているのは、アイドルだけでなく、「ファン」の側も同じだというのだ。〈レスを求める衝動は、私生活では大人しいファンの人をも、激しく飛び跳ねたり、大きな声で叫んだりするように突き動か〉し、「認知」(握手会に何度も通うことでアイドルに顔と名前を覚えてもらうことを指す専門用語)を得るため現場に幾度も通い詰める。
〈給料も終点もなく、頑張れば「認められる」ことだけが存在する労働と考えれば、アイドルブームの異様な熱狂が理解できる気がしました。地下アイドルから名前を覚えられたり、舞台上から目が合ったりすることで、「認められたい」欲求を解消しているとしたら、地下アイドルがファンからの歓声を浴びて、「認められたい」欲求を解消しているのと同じことです。そして、その欲には終わりがありません〉
こうして、アイドルの側も、ファンの側も、お互いがお互いに「承認欲求」を満たし合っていることが、地下アイドル現場の熱狂を生み、燃え上がらせる原動力となる。そして、その「承認欲求の満たし合い」は、日常生活の不安と心の闇を癒してくれる。
だから、「アイドルブームはいつ終わるか」という、定番の質問に姫乃はこう答えるのである。
〈「アイドルブームはいつ終わると思いますか」と聞かれるたびに、人々の心が不安な限り完全に終わることはないと、本当は思っているのです〉
(新田 樹)
最終更新:2016.08.05 05:55