「大使館に身分を隠して入ったなどという、確かに行きすぎた行動はあったかもしれません。ですが、コンパニオンの女性が1人亡くなったんです。人が1人死んだんです。その捜査の行く手を『外交特権』が阻んでいるのです。これでいいんでしょうか。『治外法権』はルールだとしても、それに守られた犯罪を捜査できないことがあっていいのか。そういうものを超えて日本の法律を適用すべきときもあるんじゃないんですか!」(セリフ通りではないので念のため。あくまで“大意”)
映画の公式パンフレットでは、この部長検事のキャラクターは「強面だが意外に小心者。突然キレたかと思うと、ハッと我に返り後悔するのがお約束」だそうだ。映画のこのシーンでは、部長検事は最高検の面々を前にまさにキレたように演説の長広舌を振るうのだ。
この部長検事はどちらかと言えば、キムタクら主演級の引き立て役だから、劇中での発言を中身まで考えながらスクリーンに見入った人はそう多くないかもしれない。しかし、「“正義”のためなら、時に治外法権を破らなければならない時もある」的な発言は実に怖くないか。特に国際社会における“正義”ほどいい加減なものはない。それなのに「外交官特権を定めたウィーン条約を守れ」という日本外務省に対し、時にはそれを破らざるを得ないこともある、と劇中で言わせてしまうのだ。
『HERO』は法務省が協力し、上映前の記者会見は何と法務省の本庁舎、「赤れんが庁舎」で行われている。日本の法を司る法務省内に俳優がぞろぞろやってきて、映画のPR会見までやってしまう。フジTV社長の日枝久、首相の安倍晋三の関係が無ければ絶対にあり得ない出来事だった。
しかも、上川陽子法相も7月10日の記者会見で、この映画をヨイショした。〈芸能界を始めとして著名な方々に,いろいろな角度でこれまでも御協力をいただいてきたところですが、例えば『HERO』という形の映画という媒体を使って法務省を丸ごと御理解いただくことができる……広報活動の一環としても積極的に取り組んでいこうという状況です〉。そして、広報活動を強めながら、法務行政を信頼することが「安心・安全の国づくり」につながっていくのだ、と。これほど見事に本音を語った大臣も珍しい。安倍政権下で、中国の脅威やテロ不安など“日本の危機”を必要以上に煽っておきながら、一方では、不祥事や不正、違法捜査続きの検察、それを仕切る法務省を信頼せよ、と言うのだからマッチポンプそのものではないか。
『HERO』には実は、もう一つ怖いシーンがあった。“正義のために”と突っ走るキムタク検事に対し、検察上層部などからブレーキを掛けようとした際、キムタクの上司が「彼を止めることはできない。なぜなら検察は独任官庁だからだ」との決めゼリフを吐く場面だ。