『DEATH NOTE』(原作・大場つぐみ、作画・小畑健/集英社)
マンガが予言する──『ジョジョ』3部に出てくるボインゴの話ではない。
閉塞感、テロ、原発、そして戦争……こうした現代日本の背景となる軸を、実は10年も前からマンガは先取りしていた。
あらゆる文化はつねに時代の空気をつかみとり、予感的に表現するものであるが、そのなかでもマンガは他ジャンルにくらべて、芸術的な縛りがゆるい分、題材や思想を自由に詰めこめる。
〈いまやマンガこそが「世界のすがた」を反映させるいちばん精度の高い鏡である〉
そう主張するのが『マンガの論点』(中条省平/幻冬舎)だ。
本書は2006年から9年間にわたって書き貯められてきたマンガ時評の連載をまとめたもの。バラバラに書かれた原稿ながら、通して読むと一貫した歴史意識が流れていることがわかる。博覧強記の知識を駆使しながら作品の魅力とともに現代社会の深層を探り当てる著者の手並みはアクロバティックでスリリングだ。
たとえば『DEATH NOTE』(以下、デスノート)評が興味深い。
『デスノート』(原作・大場つぐみ、作画・小畑健/集英社)が大人気のうちに完結したのは06年。ちょうど第一期安倍政権が発足したのと同時期だ。
ここで著者は、『デスノート』が一大ブームを巻き起こしたことと、「安倍的なもの」が支持を集めたことは背後でつながっているのだと主張する。
当時の安倍がひっさげていた「美しい国」の主張はといえば、憲法改正、交戦権の獲得、愛国教育の強化と紋切り型右翼マル出し。さらには天皇制を無条件で賛美し、戦争犯罪の概念そのものを否定するなど恥も外聞もない。