ちなみに、この百田の住民批判は事実ではない。現在の普天間基地の敷地部分には1925年段階で1万人近い住民が住み、役場や小学校もあった。そして、戦後、住民が収容所に入れられているうちに、米軍が土地を占領して建設を始めたため、住民は帰村した際にやむなく米軍から割り当てられた周辺の土地に住み始めたのである。
自分は、政治的主張のために沖縄の歴史をねじまげ、住民の心を傷つけているのに、批判されたくないからと「私信」だと言い張る。まさに、卑劣なやり口と言わざるをえない。
さらに今回の自民党勉強会での発言をめぐって、百田氏はもうひとつ卑劣な手口を使って言い逃れをしている。
それは、大きな問題になった「沖縄の二つの新聞はつぶさないといけない」発言について、だ。百田氏はFacebookでこれを〈誰かが「沖縄の二紙はやっかいですね」と言った言葉を受けて、「ほんまや、つぶれたらいいのに」と軽口で言ったにすぎない〉などと弁明したが、それは真っ赤な嘘だ。
実際は、複数の記者がもっと断定的な口調で、「つぶさないといけない」と発言をしたのを聞いている。実際、朝日から読売、産経まですべての新聞がほとんど同じ表現で百田発言を報じている。
「沖縄の二紙はつぶさなあかん」(朝日)「沖縄の新聞社はつぶさなあかん」(読売)「沖縄の二紙はつぶさないといけない」(産経)
「つぶれたらいいのに」と「つぶさなあかん」ではまったく意味が違う。百田氏は弁明の途中で発言のニュアンスを巧妙に変え、ごまかしをはかったのだ。
そういえば、『殉愛』のときもそうだった。百田氏は同書で、さくら夫人は「結婚していない」とはっきり書き、「『殉愛』の内容は100%真実」と言っていた。ところが、さくら夫人の離婚歴が発覚すると、「知っていたが、プライバシーを明かす必要はない」などと言い始めた。
「これらの金(たかじんの遺産)をさくらはまったく望まなかった」という記述もそうだ。金銭要求の事実が判明すると、〈他人がその遺産に口出しする権利があるの。あんたの金じゃないよって言いたい〉と述べ、『殉愛』における記述との食い違いが問題となったのに、論点をずらしていった。