早見が、芸能界に入ったのは小学6年生のとき。現在も所属している芸能事務所スターダストプロモーションのスカウトがきっかけだ。そして、ダンスや演技のレッスンを受けていくなかで、中学2年生の11月にももいろクローバーに加入する。代々木公園でストリートライブをする当時のももクロを事務所の仲間として見に行くこともあったという早見は、ももクロ加入を単純に喜んでいたという。しかし、そこには葛藤もあった。
「ももクロでの活動の楽しさと同時に大好きな学校に行けなくなる辛さ。勉強も元々出来ない方では無かったので、成績が落ちていくことへの苛立ち。ここで反抗期のピークを迎え、何もかも嫌になった」(同書より)
そして、早見は芸能コースではなく普通科の高校に進学する。ちなみに、同じくももクロの百田夏菜子は早見あかりと同学年だが、都内の私立高校の芸能コースに進学した。その同級生には、℃-uteの鈴木愛理、アイドリング!!!の朝日奈央と尾島知佳、PASSPO☆の増井みおに玉井杏奈といったアイドルのほか、松岡茉優、家入レオなど、多くの有名芸能人がいた。
しかし、早見は彼女たちと同じ学校に行くという選択をしなかった。
「まわりの友達がみんな芸能活動をしているというその環境に自分は耐えられないと思ったらからだ。人と競争することがとても嫌いなわたしは、友達がライバルになる可能性がある芸能科に進むことは出来なかった」(同書より)
そして、早見は高校2年生になったばかりの4月にももクロを脱退する。つまり、早見は常に誰かと競争させられ、闘いを強いられるアイドルという世界に耐えられなかったということだろう。実際、ライブや握手会で不機嫌そうに見えることも少なくなかったという。
さらにもうひとつ、早見がももクロを脱退した背景には、同書で明かされていない理由がある、ともいわれている。それが、アイドルにとって必須である握手会の存在だ。
今でこそ、ももクロはCD販促のための握手会を開催せずとも、オリコン上位にチャートインすることができる人気グループとなっているが、当時はブレイク前夜。頻繁にCD販促のための握手会を開いていた。しかも、当時としては画期的だった「予約握手会」というシステムを導入していたのだ。アイドル事情に詳しい芸能ライターはこう話す。
「2010年くらいまでのアイドルの握手会は、基本的にCD発売後に行われるもので、その場でCDを買うとメンバーと握手ができる、というものでした。そんななか、ももクロが2010年5月にメジャーデビューシングル『行くぜっ!!怪盗少女』をリリースするのですが、ここで予約握手会というものを2カ月にわたって展開します。つまり、CDの発売前にイベントを開催し、CD を予約すればメンバーと握手ができる、というもの。当時のももクロは、AKB48よりも握手の時間も長くて、フレンドリーだということで、“接触重視”のアイドルファンが多数流れました」