『北朝鮮・絶対秘密文書 体制を脅かす「悪党」たち』(新潮新書)
北朝鮮といえば、国外からの情報を遮断された独裁国家であり、経済活動も厳しく制限された社会主義国家であると認識している人が多いだろう。たしかに、体制的にはそれで間違いないのだが、その内部は崩壊に向かっているという。
毎日新聞社・外信部記者で北京特派員時代に中朝国境地帯から北朝鮮をウォッチしていた米村耕一氏の著書『北朝鮮・絶対秘密文書 体制を脅かす「悪党」たち』(新潮新書)では、知られざる北朝鮮内部の真実が記されている。
米村氏は、北朝鮮の検察機関が捜査記録などをまとめた文書(以下、検察文書)を入手。そこには、社会主義国家としてはあり得ないような、北朝鮮国内での犯罪の数々が記録されており、同書でそれらが紹介されている。
社会主義国である北朝鮮では、土地や農具、工場やその設備など、生産手段となるものを私有することは認められていない。農作物も生産物も国家に回収されたうえで、国民に配分される。しかし実際には、個人で農地や工場を所有し、作物や生産した生活必需品をこっそり売る国民は多く、擬似的な市場経済が形成されているというのだ。
そんな“ヤミ経済”に身を置く犯罪者の例として、同書では「鉱石を細かく砕いて比重の違いを利用して鉱石から有用な金属を取り出す機械」である「磨鉱機」を所有していた「孔」という名の元農場員が紹介されている。
本来、北朝鮮では職業選択の自由はなく、政府によって配置された職業から、転職することはできない。しかし、もともと農場員だった孔は、自身が住む開豊(ケプン)郡が開豊市に編入され「開豊洞」になるどさくさに紛れて軍の所属になっている。軍を後ろ盾にして、違法に入手した「磨鉱機」で商売をしていたのだ。
もちろん、軍への移籍はただの農場員がひとりでできることではない。実は、開豊郡人民委員会の前委員長がその手続を行っていたという。
「群の人民委員会委員長とは、日本で言えば町長のようなポストだが、前委員長が現職の郡人民委員会労働部長に指示して、労働省と農業省の承認なしに農場から軍部隊に移籍できるように『仮派遣状』を出させていたのだ」(『北朝鮮・絶対秘密文書』より、以下同じ)
つまり、体制側の人間もグルだったということだ。この前委員長が賄賂をもらっていたのか、あるいは孔の売り上げの何パーセントかを受け取っていたかは不明だが、何らかの金銭の授与があったことは想像に難くない。