『帰還兵はなぜ自殺するのか』(亜紀書房)
「イスラム国」によって日本人2名が殺害された映像が公開されてからたったの1か月。多くのメディアはすっかりこの一件を、片付いた案件として取り扱っている。当初、政府の対応を批判しようものなら「テロリストに利するのか」と浴びせかけられる浅ましい空気が醸成されていたが、その空気すら消費されてしまった。政治の中枢だけがこの事件が生んだ世論の空気をキャッチして、「こういう世の中なのだから」と、自衛隊の権限を拡張しようと改めて画策している。
自民党の高村副総裁が、周辺事態法から「周辺」を取るべきだとの見解を示した。先月21日に北九州市で行われた講演で、周辺事態法について「誤解されやすい言葉だから、誤解されないように『周辺』を取りましょう」と述べたのだ。憲法を「解釈」で変えようと企んできた政権は、こうして、「このままでは誤解される」という唐突な論法をいくつも持ち出して、自分たちの望むべき形へ作り替えようとする。
政府開発援助(ODA)についての基本的な見地を記した「開発協力大綱」についても11年半ぶりに見直し、これまで認めてこなかった他国軍への援助を可能にした。NHKニュースはこの決定を、「軍事目的でなければ軍関係分野への支援も」という頓珍漢なテロップで伝えたが、いやはや、頓珍漢なのはNHKのテロップではなく政府の論法なのだった。この判断を前にして「うん、これならば問題無し」「直接関与するわけじゃないんだし」と素直に思える世論があるならば、それこそテロリスト側の心象を挑発的に揺さぶり、結果として「テロリストに利する」と思うのだがどうだろう。
自衛隊法の改正について、与党協議が進んでいる。邦人救出における自衛隊の活動範囲の拡大が議論されているが、政府は「その国の権力が維持されたところにしか自衛隊を派遣しない」(朝日新聞/2月28日)から心配しないで大丈夫、と訴えている。今回の「イスラム国」のようなところには派遣しない方針だが、「権力が維持されている」状態を定義付けているわけではない。先のODAにしても、他国軍に支援するか否かを決める「実質的意義」の定義は不明のまま。こうして定義を曖昧にしておき、生じた急場での混乱の中でなし崩し的に定義を緩めていくのだろう。
自衛隊の海外派遣拡大を前に、是非とも読んでおきたい(というか、政治の中枢の皆々様に読んでいただきたい)のが、デイヴィッド・フィンケル著、古屋美登里・訳『帰還兵はなぜ自殺するのか』(亜紀書房)である。イラク・アフガン戦争から生還した米軍兵士200万人のうち、4人に1人がPTSD(心的外傷後ストレス障害)やTBI(外傷性脳損傷)などの精神的な障害を持ち、結果として毎年250名を超える自殺者を出している現状をルポルタージュした一冊だ。