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10年前、同じ佐世保で起きた同級生殺害事件から浮かび上がるものとは…

「精神鑑定はもともと、容疑者に刑事責任能力があるかどうかを判断するためのものだった。しかし、最近の少年事件においては、こういった不可解な事件の原因と、その子固有の特性とを結わえつける仕掛けとして、導入が進んだのである」

 精神鑑定の結果は以下のようなものだった。

「対人的なことに注意が向きづらい。物事を断片的にとらえる。抽象的なものを言語化することが不器用。聴覚的な情報よりも視覚的な情報のほうが処理しやすい」

 少女は遺族への謝罪を促されるたび「贖罪どころか、不服そうな表情さえうかべていた」という。また、家庭裁判所の審理では「私にはまだ、あなたの心が見えない」と女性調査官が涙し、発達障害を疑う意見も出された。

 専門家による精神鑑定、家庭裁判所、児童相談所、教育委員会──しかし、結局、どの機関も少女の犯行にいたる心理を解明することはできなかった。それは被害者遺族や加害者家族も同様だ。本書では、被害者の父と兄にインタビューをしているが、被害者の父は加害者少女について、その心境をこう吐露している。

「自分なりに事件を見直す作業というのをやって、その過程で『あ、もう、これ以上やってもわかんないな、これは』って」

 この本を読んでいると、今回の事件でも同じように、誰も彼女の心の闇にただの一瞬もふれることができず、呆然と立ち尽くす事になるのではないか。そんな不安が頭をもたげてくる。

 もちろん、10年前の事件と今回の事件はちがう。10年前の事件の加害者である11歳女児は「成績はよかった」が「思ったことをうまく表現できない子。困ってもはっきり『ノー』といえないような感じ」だった。そんな女児が後ろからカッターナイフで同級生の首を搔き切った。一方、今回の事件を起こした16歳の少女は学力もスポーツも優秀だったが、小学校時代から問題行動を起こしていた。そして友人を鈍器で殴り、首を絞め殺害し、その後遺体を解体しようとした。

 だが、16歳の少女もまた、10年前の女児と同じく犯行に対してまったく悪びれた様子を見せず、謝罪の意志も見せていない。そんな彼女に対していったい何ができるのか、そのことを考えると、絶望的な気分になるのだ。

 ただ、だからといって、あきらめることはできない。特殊な事件だと片付けるわけにはいかない。次の事件を防ぐためにも、私たちはどこまでも彼女の心の奥にあるものを追求し続ける必要がある。

 10年前の同級生殺害事件を追ったこの本のタイトルは、被害者の兄が発した言葉がそのままつけられている。兄は加害者に会いたいか、という質問に対してこう答えた。
 
「もし彼女が謝罪に来るなら、『会うのが怖い』という感覚は僕にはない。きちんと会うべきだと思う」
「結果として僕が前に進めるから、一回謝ってほしい。謝るならいつでもおいで、ってそれだけ」
(伊勢崎馨)

最終更新:2014.08.05 03:12

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