『りぼんにお願い』(マガジンハウス)
子育てを取り巻く状況が厳しいと言われる現代日本。その中にあって、近年、注目されているのが産後クライシスという問題だ。これは、出産を契機に子どもの中心の生活にならざるを得ない妻と、仕事に追われて子育てや不慣れな家事に戸惑う夫の間に距離ができ、不仲になっていく様を指した言葉だ。
いまや一般的に知られるようになった産後クライシス。出産を控える夫婦は事前に問題意識を高めているようだが、それでも産後クライシスは容赦なく襲ってくる。そのことをリアルにつづったのが、芥川賞作家・川上未映子のエッセイ『きみは赤ちゃん』(文藝春秋)だ。川上は2011年に同じく芥川賞作家である阿部和重との結婚と妊娠を発表、12年に男児を出産している。
多くの妊婦が味わったように、川上が妊娠中に味わったのはひどいつわりとマタニティブルーと言われるようないらだち。「朝起きて目を覚ますといちばんにやってくるのが『うえっうえっ』という、えずき。目をあけてみると、なんか天井がまわってる」と1日をベッドの中で過ごす日々が長く続く。体がしんどいことに加え、妊娠7カ月からは「とにかく気が沈むというか、そういう感じになることが本当に多くなった。たとえば寝ころんでいるだけで涙がだらっとたれてきたり、なにかを思いだしているわけでもないのにつらいような気持ちになったり」と精神的に不安定に。しかし、夫の阿部は川上が妊娠何週の状態であるかすら把握しておらず、川上を余計にイライラさせる。マタニティブルーの日々は、随時話題やテーマを変えながら、ケンカまじりの話し合いが続いており、「マタニティ・ブルーどころか気持ちはもはや、ブラック」だったと振り返っている。
そして、帝王切開という体に負担のかかる方法で出産したあとに待っていたのは、2時間おきの授乳と赤ん坊をあやすだけで1日が終わる不眠不休の日々。「うとうとしたら冷水をかけらえるみたいにして起こされ、意識がもうろうとするなか、産後でぼろぼろのからだをまるめて、ずうっとおなじ姿勢でかちかちのおっぱいをふくませつづける」「そりゃ涙もとまらなくなるよ。泣いてるんじゃなくて、もう、ただただしんどくてしんどくて、限界で、涙が勝手にたれてくるんだもの」と出産で激変した世界に絶望に近い戸惑いを感じたと吐露している。